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生誕120年 没後60年 小津安二郎展:5 /神奈川近代文学館

承前

 札幌の北海道立文学館では、本展の巡回と思われる「生誕120年・没後60年 小津安二郎 ~世界が愛した映像詩人~」が開催中。
 この展示と入れ替わるように開幕する茅ヶ崎市美術館「小津安二郎の審美眼-OZU ART-」は、異なる内容の企画となりそうだ。
 このように「生誕120年・没後60年」を盛り上げるにふさわしい状況になっているが、もうひとつ、関連するといえなくもない展示が控えている。
 東京国立博物館の特集展示「常盤山文庫創立80年記念 常盤山文庫の名宝」である。

 リンク先の解説にあるように、常盤山文庫は中国・日本の書画、中国陶磁などを所蔵する、展示施設をもたない法人で、とくに禅僧の墨蹟に名品が多い。国宝や重要文化財の指定を受けている作品も多数ある。
 数年前までは梅雨の時期に鎌倉国宝館で名品展が開催されており、毎年うかがったものだ。長らくご無沙汰であった。

 コレクションの多くを蒐めたのは、菅原通濟。東博の解説にはさすがに書かれていないが……政界の黒幕、フィクサーとして知られた人物である。文庫のある鎌倉山を開発したのも通濟。
 戦中・戦後の日本には、こういった大物が何人かいた。彼らの業績は、じつに多岐にわたる。さまざまな重大局面に顔をのぞかせて、大きな役割を担った。
 通濟もまたそういった人物で、たくさんあるうちの、どの仕事を代表的な業績として最初に挙げるべきか、迷ってしまうところがある。その二十面相のような男の「顔」のひとつに、映画俳優がある。
 小津作品では『早春』以降、遺作の『秋刀魚の味』まで、東宝の『小早川家の秋』を除く7作品すべてに出演している。いずれも端役ではあるものの、ほぼ毎年参加している「小津組」の常連だ。
 『浮草』では、一座の解散に際して一切合切を買い取っていく古道具屋を演じている。美術コレクターが、ふだんとは逆の立場の人間を演じているのがおもしろい。
 小津作品で俳優・通濟のほんの一瞬の出番を探すのは、ヒッチコックのカメオ出演を探したり、『男はつらいよ』シリーズで谷よしのを探す楽しみに通じるものがある。
 通濟は、松竹大船撮影所の設立にもかかわっており、小津の支援者でもあった。
 だが、小津はいうまでもなく、仕事に妥協をみせなかった人。通濟の出演を揶揄する声も出ていたようだが、その素人味が残る演技に、小津がよさを見出したからこその出演なのだろう。

 通濟は教養深い粋人で、9歳年下の小津にとって、よき先輩であったと思われる。
 そのつきあいのなかで、現在は常盤山文庫に収められている書画を小津が観る機会は、少なからずあったのではないだろうか。
 そういった視点で観てみるのも、おもしろいと思っている。

 ——東博の本館や黒門は、『東京物語』で行き場のなくなった老夫婦(笠智衆・東山千栄子)が途方に暮れる場面のロケ地であり、西郷さんの銅像は『長屋紳士録』のラストシーン、松坂屋の裏には小津が「とんかつはここ」と決めており、『秋日和』の劇中でも言及される蓬莱屋があるなど、上野には小津作品ゆかりの地が多い。
 秋は、上野で「小津さんぽ」としゃれこみたい。


鎌倉の海

 ※東博と同時期に、他の委託先である慶應義塾のミュージアム・コモンズでも常盤山文庫展が開催予定。



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