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根来 NEGORO-朱と黒のかたち-:1/細見美術館

 古美術を愛好する者のあいだには、その響きを聞くだけでたちまち豊潤なイメージが喚起され、恍惚すら催してしまう、魅惑・魔性のキーワードがいくつかある。
 本来は銅の酸化した姿にすぎない「緑青」だとか、粉引や刷毛目の肌に浮き出る「雨漏(あまもり)」だとかいった単語を耳にしてよだれが出てしまう、あるいは「高台」が「こうだい」と読めてしまうといった症状がみられるならば、立派な骨董中毒者といってよいだろう。
 そんな愛好家「垂涎」の言葉のひとつに「根来(ねごろ)」がある。
 細かな定義を別とすれば、根来とは、主に平安から中世にかけて製作された、黒漆の上塗りに朱漆を施した漆器のことを指す。
 最後のひと塗り分の薄い朱漆の層が経年の使用によって擦(こす)れ、一層下の黒漆が現れたり、透け見えたり、表面に亀裂が走ったりといった変化が起こる。こういった、捉えようによっては「劣化」ともいえる意図せぬ変貌の跡が根来の美であり、愛好家にもてはやされる所以となっている。

隅切折敷(鎌倉時代、細見美術館)
※撮影可能の作品

 こうして言語化してみると、根来へ向けられた視線にはフェティシズム的な側面が多分に含まれている。つまるところ、「こりゃたまらん」という感覚を共有できるかできないかといった次元の話となりそうだが、細見美術館の根来展ではこれを「醸し出されるビンテージ感」と言い表していて、唸らされるものがあった。なるほどたしかに、言い得て妙……今度からは、そのように説明することにしよう。
 独り言はさておき。言葉選びで多少はぼやかせるといっても、根来を語るにあたってはこのような、ともすれば業界外からは敬遠されやすい評価基準が第一に持ち出されがちであるのは如何ともしがたい。
 とはいえ、根来のうつわへ向ける視座の糸口は、そればかりでもないように思われるのだ。(つづく


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