見出し画像

激動の時代 幕末明治の絵師たち〈後期〉:2 /サントリー美術館

承前

 本展でとりわけ大きく扱われる作家・安田雷洲の《捕鯨図》(江戸時代・19世紀  歸空庵)。図版でみかける頻度が最も多い、雷洲の代表作だ。

 大海原の向こうに、岩山が聳える。燦々と照らす旭日……強烈なインパクトを放つ大幅(たいふく)である。とくに、60度ほどの勾配をみせる岩山は画面の多くを占め、陽光を背に威容を誇示している。
 作品名は《捕鯨図》。添景としてちょろっと捕鯨のようすが描かれるだけでも《捕鯨図》である。
 人間は、自分たちよりはるかに巨大なクジラすら、寄ってたかって漁ってしまうけども、やはり自然の営みは壮大。人間なんて、ちっぽけな存在だ……といったことを、雷洲が意図していたかは不明。
 たぶんそこまでは考えておらず、舶来の珍奇なモチーフや描法をいかに換骨奪胎して、みずからの手で描いてみせるかというその一点、画家としての興味や創作欲が発揮されたものと単純に受ければよいか。

 ※グリーンランドのデンマーク領、ヤン・マイエン島での捕鯨を描いた西洋の版画と、実景。もし山頂が噴火で吹き飛んだのだとすれば、デフォルメでもない。


 岩壁の奇っ怪さでは、こちらも負けていない。同じく雷洲《危嶂懸泉図》(江戸時代・19世紀  平野政吉美術財団)。図録の表紙になっている作品だ。
 ぱっと見では気づきにくいが、作品名にもあるように、2段に落ちる滝が画面左側に描かれている。
 タケノコのようにニョキニョキと伸び、まだまだ変貌を遂げていきそうな岩に比べると、滝の描写はいたっておとなしい。液体よりも固体のほうに、より「動き」が感じられるとは……つくづくふしぎなものだなと感じたし、なによりその迫力に唖然としてしまった。
 地質に詳しい人がこの絵を観たら、どんな感想をもつだろう。褶曲(しゅうきょく)や柱状節理といった専門用語が飛び出すだろうか。似通った例は、どこかに実在するのか。聞いてみたいところだ。

 春木南溟《虫合戦図》(江戸時代・嘉永7年〈1854〉  歸空庵)。前期と同じ作者・同じ画題の別の作品である。

 ↓前期展示の春木南溟《虫合戦図》

 前期の《虫合戦図》の描写は、陸戦が主であった。戦闘といっても小競り合いで、やや安穏とした雰囲気すら感じられる。
 後期の《虫合戦図》では、海が目立つ。海上と陸上とで砲撃の応酬が繰り広げられ、もわっと黒煙があがっている。一転して、不安感を駆り立てる画面だ。
 本作が描かれた前年には、黒船が来航。半年もそこそこで、年をまたいで再来航し、日米和親条約が締結されている。
 中央の大きな煙は、陸上のイモムシ大砲(車輪はアサガオの花)から放たれた砲弾が、黒い艦船に命中して巻き起こったもののようだが……時代背景を踏まえると、非常に意味深長な絵にもみえてくる。「激動の時代」と題した本展にふさわしい作品といえよう。(つづく


 ※前期展示の春木南溟《虫合戦図》に関しては、こちら。


柿の実がなる頃、近江にて



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?