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大蒔絵展 漆と金の千年物語:2 /三井記念美術館

 本展は三井記念美術館と静岡・MOA美術館、愛知・徳川美術館の3館による共同企画。春の熱海からこの秋の日本橋を経て、来春の名古屋へと巡回する。
 前回触れた書画を含め、本展ではこれら各館の所蔵品がフルに活用されている。
 MOA美術館はお得意の琳派作品に光琳蒔絵があり、南蛮漆器も充実。さらに、人間国宝ら近現代の蒔絵も。
 徳川美術館には最高峰の技術が凝らされた婚礼具一式《初音の調度》のほか、中世の蒔絵にもいいものがある。
 三井記念美術館は、江戸蒔絵に定評。
 すこぶる強力なタッグだ。
 これらをベースに、高野山や熊野といった名だたる寺社や東博、個人蔵から逸品を加えて、本展は成り立っている。
 そのなかから、わたしが魅せられた作品をいくつかご紹介するとしたい。

 第1展示室にあった、高野山金剛峯寺の《澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃》(国宝、平安時代)と《花蝶蒔絵念珠箱》(重文、平安時代)。
 後者の《念珠箱》は、留学僧だった空海が唐の皇帝から賜ったという念珠を入れるための箱。宗祖にまつわる由緒正しき “至宝” を入れる箱もまた、それにふさわしい “至宝” なのだ。

 《澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃》のほうはというと、なにを入れたものか、はっきりしたことはわかっていない。

 経箱(きょうばこ)という見立てが有力で、そうだとすれば、この中に収納される経典は世にも華麗な装飾経か、あるいはお大師さまゆかりの、さぞありがたいお経だったに違いない。ちょうど脇にイメージぴったりの装飾経が並んでいて、想像をかきたてた。

 唐櫃(からびつ)とは四脚のついた大容量の物入れで、あくまで外容器ゆえに、白木や黒漆、朱漆だけの無骨なものが通常である。
 本作は唐櫃の形状はそのままに、サイズを縮小し、可憐な蒔絵の装飾でくるんでいる。
 燕子花の群生する水辺を、あちこち遊びまわる千鳥たち。その姿や花びらは、螺鈿で繊細・緻密に表されている。金粉は地の黒を埋め尽くさず、漆黒を引き立てる。金具の彫りも凝った細工だ。
 なんと美しい箱だろうか。

 回廊状のこの展示室の突き当りには、サントリー美術館唯一の国宝である《浮線綾(ふせんりょう)螺鈿蒔絵手箱》が、次の一室をまるまる使って鎮座ましましていた。

 「手箱」といっても、かなり大きい。公式サイトの表記を借りると、その法量は「幅36.1 奥行26.1 高23.0」(すべてcm)。
 どっしりと重量感のある箱の表面に、典雅な丸文が規則正しく展開される。地をなす金といい、四隅や蓋にみられるなだらかなカーブといい、横綱級の風格がある。
 本作も用途は知れないが、いったいなにを容れれば、この箱と釣り合うというのだろう……?

 ――ああ、なんとすばらしい蒔絵の世界!
 石山切にはじまり、源氏があり、高野山のふたつの箱があり、サントリーの浮線綾で〆られるこの第1、2室だけで、わたしはもう、かなりの満足感を得ることができていたのであった。
 されどまだまだ、展示は続く。
 (つづく



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