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大蒔絵展 漆と金の千年物語:3 /三井記念美術館

承前

 サントリー美術館の《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》を皮切りに、鎌倉の手箱、室町の硯箱を中心とした中世蒔絵の名品が続々と登場。これがもう、圧巻であった。

 《梨子地秋の野蒔絵手箱》(鎌倉時代 徳川美術館 重文)は、とてもにぎやかなデザインの箱。

 萩に芒に藤袴。秋の情緒を感じさせる草花が風に揺られ、そのなかを鹿が歩み、小鳥が飛び交って……といったところまでは、まだ定番の取り合わせ。
 本作ではさらに、小鳥の数がマシマシとなり、キリギリスやカマキリ、蜘蛛の巣といった特徴的なモチーフが、よく観察しなければわからないようなところに仕込まれる。蓋の側面では、うさぎが野を駆けたり、ふと立ち止まったりもする。
 鎌倉時代の工人の遊び心……というか、いたずら心とでもいえそうな工夫がふんだんに凝らされていて、非常に楽しめる作品だ。
 正方形に近い形状や、高さを抑えたつくりなど、体裁の面でも通常の手箱とはやや印象を異にしていてまたよい。本展で観たなかでは、一二を争うくらいに「欲しい!」と思わせるものであった。

 《砧蒔絵硯箱》(室町時代 東京国立博物館 重文)は、古歌の世界観を意匠化したもの。東山文化のもとで、こういった特定の歌意にもとづく文学的主題の造形が生み出された。
 蓋表には月夜、秋草が生い茂るなかに、箱状の物体が置かれている図が。なんだろうと思わせるこの意味深なデザインは「草枕」を表している。

 開けると、蓋裏では苫屋で夫婦が砧打ち、身には夜露に濡れる秋の野が。和歌の素養をもつ人であれば、蓋表も手がかりとしつつ、ここでデザインの意味を読み取るであろう。
 もとの和歌にはないものの、本作でもうさぎが3羽、姿を現している。締まった体つきの、いかにも野うさぎといった子たちである。カワイイ。
 会場ではこの子たちが見える状態で、本作が展示されていた。存在に気がついて、このときばかりは単眼鏡がうらやましくなったのだった。
 なお、こちらのページでは、単眼鏡よりも鮮明に拡大が可能。うさぎもよく見える。


 《男山蒔絵硯箱》(室町時代 東京国立博物館 重文)は、古格ある佇まいがすばらしかった。こちらも先ほどと同じページで閲覧できるので、堪能されたい。

 「山影から月が出る」という、和歌に表された情景に忠実な蓋表に対して、蓋裏には、なにやら建物が大きく配される。吽形のみ、片割れの狛犬が、これが神社の社殿であることを印象づける(狛犬がいなければ、御所やどこぞのお屋敷と見紛う)。
 蓋表が男山であるから、これは山頂の石清水(いわしみず)八幡宮ということだろう。ご丁寧に、社殿の手前には岩が配され、清らかな水が流れることであるし……

 蓋表が自然を主体、蓋裏が人工物を主体とする対比的な構成は、《砧》にも《男山》にも共通する。開けることで趣を一変させ、使用者・鑑賞者をあっといわせる――「開けてびっくり硯箱」だ。
 展示では、透明なアクリル台に作品を据え、その下に鏡を設置して裏面をみせてくれてはいたが、もし叶うならばみずから手に取って、蓋を開いて、逆さにして……「びっくり」してみたいものだ。(つづく



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