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虫めづる日本の人々:4 /サントリー美術館

承前

 蘭学や本草学の隆盛を背景として、虫の姿形や生態をつぶさに観察し、絵に描いて記録しようとする人びとが続々と現れた。
 本展にはこういった、いわゆる絵画作品とは毛色の違う博物図譜や版本の類も集められていた。
 すぐれた作例が並ぶなか、出色だったのが増山雪斎《虫豸帖(ちゅうちじょう)》(江戸時代・文化4~9年〈1807~12〉 東京国立博物館)。
 専門の画工ではなく、伊勢長島藩2万石の元藩主であった雪斎は、多芸多才の人。隠居後の愉しみのひとつに、この図譜の制作があった。

 群を抜く細密さである。
 しかも、標本や図鑑にみられるような平板な姿ではなく、生きて、まさに動いているその状態を捉えている。この点が、とくにすごい。虫に対する尽きせぬ興味、知識、観察眼、そして画技が融合したからこそ、できた仕事だろう。
 日本の博物図譜の頂点のひとつであり、虫をテーマとする本展には欠かせない一作。

 博物図譜と並んで出ていたのが、伊藤若冲《菜蟲譜(さいちゅうふ)》(江戸時代・寛政2年〈1790〉頃  佐野市立吉澤記念美術館  重文)。
 その名のとおり、野菜、続いて虫を描き連ねた約11メートルの画巻である。画題としては中国絵画の蔬菜図と草虫図に源流が求められ、ふたつを組み合わせてひとつの画巻としている。
 本展には、会期の後半から登場(8月9日~9月18日)。今回のわたしの訪問は、じつはこの《菜蟲譜》に合わせたものだった。
 展示される部分は虫を描いた末尾の箇所のみとなり、2期に分けてその全体が公開される(場面替えは9月6日~)。

 《菜虫譜》の虫たちは、ケレン味にあふれている。
 カブトムシの、いきり立った角(つの)! 大地を雄々しく踏みつける脚!
 アクロバティックに植物にからみついたり、ぶら下がったりする虫もいる。
 かたや植物は植物で、虫のことなどお構いなし。奔放に枝を伸ばし、葉をつけている。
 すべての虫が、ドヤ顔にみえてくる。虫も植物も、全身で個性を表現し、張り合っているように思えるのだ。
 この絵は、そんなところがおもしろい。

 ※《菜虫譜》の全図。


 最後の展示室は、江戸の絵師たちによる「虫の絵」百花繚乱と、近現代の作品を集めた一角から構成。
 前者の扱う時代はおおむね江戸後期、画派もなにも問わず、虫が描かれたおもしろい作例が集められている印象であった。
 このあたりまで来る頃には、作品の前に立てばすぐさま、どこに虫がいるかを探しだそうとする習性が、おのずと染みついてしまっている。そこで、この絵。

鈴木其一《雨中菜花楓図
江戸時代・18~19世紀  個人蔵

 対幅のそれぞれに、やはり虫が描きこまれている。
 右幅では、菜の花の葉っぱの裏側で、モンシロチョウが雨宿り。左幅では……枯れ枝の先で、ミノムシが揺れている。
 薄墨で、縦にまっすぐ、左上から斜めに線が引かれ、雨風の強さが描き分けられている。
 その表現を効果的に助けるのが、虫の描写であろう。懸命にしがみつき、ぶら下がり、悪天候をやりすごそうと耐え忍んでいる。
 絵画化された自然の情景には、優美さを感じさせるものが多いけれど、自然の厳しさや、そのさなかで生き抜こうとする強さを表現した例もあるのだ。

 最後は、近代日本画と近現代工芸が数点。
 「超絶技巧」として注目を集める自在置物師・満田晴穂さんによる近作のカマキリやトンボが、ここでの主役。ラストのサプライズ的起用である。
 その先祖ともいえる、戦前の名人による自在置物も参考出品。近代日本画とともに、江戸と現代をつなぐ役割を果たした。


 ——夏から秋にかけ、季節をまたいで催されている本展。
 一年のうちで最も多くの種類の虫が活動し、蝉時雨に秋の夜長と、虫を意識させられる風物詩も多々あるこの時期に、ぴったりの内容だろう。夏休み中のお子さんにも、きっと楽しんでもらえたことと思う。
 本展を観て、秋を待つ思いは、いや高まったのだった。早く涼しくならないかなぁ。

成田山の秋

 ※《菜虫譜》と同じく虫と植物の関係性がおもしろい《糸瓜群虫図》の記事。



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