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ゴッホと静物画 ―伝統から革新へ:3/SOMPO美術館

承前

 本展で最も豪奢といえるのが、《ひまわり》と《アイリス》の並ぶ展示室。
 ここではまず、17世紀以降の「花の静物画」の系譜を追い、続いてゴッホ自身の先行作例を紹介。また、ふたつの傑作を囲んで、「ひまわり」と同時代、もしくはやや下る時期に制作された他作家によるひまわりの絵を並べている。総じて、この館の顔といえる《ひまわり》を深掘りする内容となっていた。
  「花瓶に花が活けられている」点は、ほぼすべての絵に共通するわけだが、わたしはやきもの好きでもあるので、花瓶のほうも大いに気になったのであった。東洋趣味のうつわが、画中にはたびたび登場したのである。
 ゴッホの静物画という本筋を忘れてしまうくらい夢中になってしまったこの種のモチーフに関して、今回は書いてみたい。

 ゴッホ《カーネーションをいけた花瓶》(1886年  アムステルダム市立美術館)。
 背景は花瓶を含めて暗色が主体であり、カーネーションの紅白、茎・葉・つぼみの緑色とは明確な対比をみせている。

 そのなかにあって、花瓶が背景と同化せずにその外形を示しているのは、うつわの表面にみえる白と青の混濁した景色ゆえだろう。
 これは、流し掛けされた海鼠釉(なまこゆう)だと思われる。中国に端を発し、日本では朝鮮唐津だとか東北の堤焼、白岩焼など、各地の諸窯でみられる釉薬。
 本作の花瓶は寸胴の筒形で、黒の鉄釉に海鼠釉が掛かっているようだが、筆筒や細水指というのも考えづらく、どうも、東洋にはなさそうなかたちと思われる。東洋のやきものに影響を受けて西洋で制作された、ジャポニスム陶器の一種であろう。

 ゴッホ《赤と白の花をいけた花瓶》(1886年  ボイマンス・ファン・ブーニンヘン美術館)の画面は、西洋絵画にはめずらしい縦横比をみせる。クロード・モネ《グラジオラス》(1881年  ポーラ美術館)も同様だ。

 これらは、日本の掛軸や屏風(の1扇分)を模したものと考えられている。
 モチーフというよりは体裁に、東洋趣味がうかがえる例。画中の花瓶に関しても、どことは判じがたいが、西洋とは異なるエキゾチックな趣のうつわである。

 ゴッホ《ひまわり》に先立つこと7年前に描かれたフレデリック・ウィリアム・フロホーク《ひまわり》(1881年  ウェールズ国立博物館)。
 元禄期頃の輸出用の古伊万里色絵瓶を、かなり忠実に写している。西洋人に好まれる、いかにも日本ふうの服装をした人物。弛緩したつたない絵付けの感じまで、ほんとうに正確だ。背景のクジャクの羽根も、東洋的モチーフの最たるもの。

 ケイト・ヘイラー《ひまわりとタチアオイ》(1889年  ギルドホール・アート・ギャラリー)。
 卓上とカーペットに、1対の双耳壺がある。瑠璃釉の地に金彩で文様を施したもので、中国・清朝の作、あるいは金彩の絵の感じからすると西洋の清朝写しか。

 釉のつややかさ、光の反射などもよく表現されており、巧みである。背景には、稲穂に雀、梅などの図からなる押絵貼(おしえばり)の屏風。こちらは、日本のものだろうか。

 ジョージ・ダンロップ・レスリー《太陽と月の花》(1889年  ギルドホール・アート・ギャラリー)。
 女性ふたりの手前には、染付の瓶が1対。小壺のようになっている口の形状は、にんにくに例えて「蒜頭(さんとう)」、みかんに例えて「柑子口(こうじぐち)」と呼ばれる、中国古代の青銅器に由来するかたちである。

 かといって、全体のフォルムはまるまるとして穏健、シャープさに欠ける。作品解説で言及はなかったものの、中国陶磁をヨーロッパの窯で写したものだろうとの見立てはできた。上の作品解説を読むと、はたして、そのようなものだと特定された旨が記されている。

 ——ひまわりをモチーフとした他作家の作品に、どうしてこうも、ジャポニスム的要素がセットで描かれるのだろうか。ひまわりは北米が原産地で、東方から入ってきたわけでもないようだが……このあたり、やはり、作品解説ではいっさい触れられていなかった。
 いったいどんな背景があるのだろう。非常に気になるところである。(つづく


いつかの夏のひまわり



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