【コメディ】自販機大戦争(前編)
遠い昔、はるか彼方の銀河系で、自動販売機を巡り、熱い戦いが繰り広げられた。
「飲み込んで吐き出すだけの単純作業繰り返す自動販売機みたいに、この街にボーっと突っ立って」
渇いた喉を潤すために、自動販売機の前に立つと、Mr.ChildrenのWorlds endのフレーズが思い浮かぶことがある。
そこにあることで誰かが特別喜ぶでもない自動販売機だが、人体の60%を占める水分補給にとってその存在はなくてはならないものだった。強く意識することがなくとも、自動販売機の存在は全世界の人を救っている。
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PiTaPaやICOKA、電子マネーが浸透していなかった平成21年。
泣き止まないセミ、照りつける太陽、身体中の水分が奪われることの多い真夏の季節には、自動販売機はオアシスだった。
1枚ずつ小銭を投入し、陳列された数十種類のジュースを眺めながら、「どれにしよっかなー」と独り言を呟く少年がいた。
乾いた喉を潤してくれる目の前の飲み物は、水分の求める者の表情筋を緩ませて、目元をとろけさせた。
喉を最も潤わせてくれる世界一のドリンクを探し求めるこの時間は、まぎれもなく幸せだった。
そんな当たり前のようにある幸せは、長くは続かない。
ガゴン!
突然鳴り響いた音に大きな違和感を抱いたとっしーは、緩んだ表情筋を引き締めた。
そして、そっと腰を下ろして、取り出し口に手を伸ばした。
伸ばした指先は、熱を帯びた金属物に触れていた。
「あっちぃ!!」
脊髄反射によって、奇声が発せられた。
ボタンを押していないのにもかかわらず、吐き出された飲み物。
その謎を解明するためにも、この熱さに耐えて、金属物を取り出す必要があった。
熱々の容器を掴み、取り出すと、それはブラックコーヒーだった。
これは事件だ、鑑識を呼ぼうか、と思いながら、熱々のブラックコーヒーを鷲掴みにしている彼に、背後から話しかける人物がいた。
「押したのは、俺や。」
ボブはそう言った。
状況が読み込めていないとっしーは、眉間に皺を寄せ、問いかける。
「なんで勝手にボタンを押すん?」
「すまん、つい手がでてもた。」
「いや、俺が選んでたやん」
彼は悪びれる様子もなく、飄々と答えた。
「つい出来心で押してもた」
ボブがあまりにも淡々としているので、とっしーも諦めざるを得ない。
「ならしゃあない。とりあえずこのブラックコーヒー飲めよ。」
「いらんよ。誰がこの夏に熱いコーヒーを飲むねん。」
ボブはブラックコーヒーをさっと払いのけた。
「いや、お前が押してんから、責任持って飲めよ。」
キッと睨めつけたものの、ボブは動じない。
それどころか、鋭利な言葉を投げつける。
「そんな苦汁、飲めっか。」
埒があかないと思ったとっしーは、「やれやれ」と呟いて、新品のブラックコーヒーをゴミ箱に捨てようとした。
そのブラックコーヒーは、ゴミ箱の入り口に入る前に、何者かの手に阻まれた。
「捨てるなって。」
そう言ってゴミ箱の入り口を塞いだのは、きゃぷてんだった。
彼はきゃぷてんというあだ名に恥じないほど、常識行動をとったのだ。
自分の手が熱くなることも厭わず。
しかしとっしーは、きゃぷてんの常識行動に反発せざるを得なかった。
「そんなこと言ったって、夏に熱いコーヒーなんて、誰も飲まんやないか。捨てるしかない。」
「捨てるのはあかん。もったいない。」
「じゃあどうするねん?」
「道行く人に.....あげたらええやん」
きゃぷてんの突飛な提案に一瞬眉をひそめたとっしーだが、彼は行動力だけは世界チャンプだ。
捨てるよりはあげる方が資源を無駄にしないし、もらうほうもラッキーだ、とすぐに納得した。
ターゲット選定はすぐに行われた。
カモがネギしょってやってくるように、タイミング良く自動販売機の前を通り過ぎようとした男子中学生が獲物になった。
とっしーは彼を呼び止めて、「お前に託したいものがある」と、ブラックコーヒーを強引に手渡した。
「えっえっ?あっち!?あっちぃ!えっ?」戸惑う中学生。
そんな彼へのフォローも忘れてはいけないので、とっしーは優しく声をかけた。
「安心してくれ。毒は入ってない。この自動販売機で買ったばかりやから。」
戸惑う中学生も、安心しろと言われたら安心しなくてはならない、のかな、と勝手に理解してくれたようだ。
こっくりとうなづいて、その熱いコーヒーを鞄に入れた。
とっしーにとって、他人に声をかけることは、慣れっこだった。
どんな髪型が自分に似合うかを、街行く人に突然質問するという「街角調査隊」という経験を経て、道行く人に声をかけることは、お茶の子さいさいになっていたのだ。
ブラックコーヒーを体よく処分したとっしーは気を取り直して、もう一度自販機の前に立った。そして、前回の失敗を繰り返さないように、小銭を入れる前に商品を決めた。
ゴクリと息を飲み込み、小銭を投入するや否や、真横から手が伸びてきていた。
そのことを認識したにはもう遅かった。
ガゴン!!
再び鳴り響く重低音。
そっと腰を下ろして、恐る恐る、取り出し口に手を伸ばした。
伸ばした指先は、やはり、熱を帯びた金属物に触れていた。
「うあっちぃ!!」
脊髄反射によって、奇声が発せられた。
そう、ブラックコーヒーだ。
再び起こった怪事件に、今度こそ鑑識を呼ぼうか、と思いながら、熱々のブラックコーヒーを鷲掴みにしているとっしーに、背後から話しかける人物がいた。
「押したのは、俺や。」
常識人のきゃぷてんは、全く悪びれる様子もなく自白した。
事件は解決したが、動機を聞かなくてはならない。
「なんで買ってん!お前が飲めよ!」とっしーは、叫んだ。
「いらんよ。熱いやん?」犯人のきゃぷてんは冷静だ。
「じゃあ、なんで押してん!?」
「押したかってん。」
「は?それだけ?」
「そう。」
「なら、しゃあない。」
動機も判明したため、とっしーは渋々引き下がった。
押したいと思ったなら、きゃぷてんをこれ以上責めることはできなかった。
「やれやれ」と呟いて、新品のブラックコーヒーをゴミ箱に捨てようとしたとき、それは何者かの手に阻まれた。
ゴミ箱の入り口を塞いだのは、やはり、きゃぷてんだった。
彼は何も言わず口を真一文字にふさいだ。
とっしーは、きゃぷてんの意思を察した。
そして、再び都合よく表れた通りすがりの男子中学生にブラックコーヒーを進呈した。
おかしい。何かがおかしい。こんなに都合よく男子中学生が自動販売機の前を通るはずがない。
この町は、どうなっているんだ。何か、大きな陰謀が…
とっしーは勝手に想像を張り巡らせたが、駅の目の前のこの立地に帰宅途中の中学生がひっきりなしに現れるのは当然のことだった。
彼はとにかくイラついていた。
ボブときゃぷてんは、何がしたいのかわからなかったからだ。
自分が飲むわけでもないのに、なぜかブラックコーヒーを押してくる。
まさに、得体の知れない敵と戦っているような気分だった。
「もう押すなよお前ら!俺はジュースを飲みたいんや!」
とっしーは、彼らに念を押した。
「わかった。わかってる。」
ボブときゃぷてんは、そう言いながらも、自動販売機の目の前に張り付いている。
まるで、妖怪ぬりかべのようだ。
「離れろよ。自販機の前におるなって!」
「それは無理や。俺らはこの場所がめっちゃ好きやねん。」
「せやせや。自販機の前って、落ち着くねん」
「いや、そこにおったらまた、押すやろ?ブラックコーヒー出てくるやろ?」
「俺らがどこにおろうが自由や。」
「せやせや」
ボブときゃぷてんも譲らなかったため、とっしーは渋々承諾した。
「好きならしゃあない。けど、ボタンは押すなよ?!」
そして、3度目の正直、再度アタックを試みた。
とっしーは10円玉2枚を投入したあと、ぐっと息を飲み込んだ。
そして、一塁ランナーを牽制する投手のように彼らを睨みつけるや否や、もう一枚の硬貨を投入した。
ドン!ドン!ドドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
真横ではボブときゃぷてんが、ブラックコーヒーのボタンを連打していた。
しかし今回は、ブラックコーヒーは吐き出されなかった。
とっしーは細い目をさらに細くして、彼らに 吐き捨てた。
「お前ら、騙されたな。俺が入れたのは、
10円玉や!つまりまだ30円しか入ってないから、値段が足りひんのや!」
「な、なんて奴やっ!」
「この、卑怯者がぁっ!!」
衝撃の事実を伝えられたボブときゃぷてんは、謀られた腹いせか、容赦なく罵声を浴びせてきた。
「ひ、卑怯?」
とっしーは、12ラウンドを戦い尽くした直後の長谷川穂積のような顔になりながら力なく呟いた。
この世界には数多くの裏切りがあり、「ブルータスお前もか!」「謀ったな!シャア!」のような、様々な名言が飛び交ったが、自動販売機を巡って卑怯者の汚名をかぶせられるのは初めてだった。
彼らは、さらに罵声を重ねた。
「俺らを騙してフェイク入れるなんてな。」
「とっしーがそんな極悪人やなんて思わんかったわ。」
一泡吹かせたつもりが、ボロカスに罵られ、とっしーのHPと精神状態はみるみるうちに悪化した。
「いこいこっ。こんな卑怯者おいて帰ろうや。」
ボブはそう言って、自動販売機の前を去り、駅に向かった。
とっしーにとっては、千載一遇のチャンスだ。
この隙に好きなジュースを買い、渇いた喉を潤せばよかったのだが、彼はそうしなかった。
「待てっ!待て!待てっ!
今度はちゃんと100円玉入れる。だから、`正々堂々`と、勝負や!」
ボブときゃぷてんは、この言葉を聞くと、にやりと笑って、踵を返した。
最終決戦の刻が、迫っていた。
前編はここで終了です。読んでいただきありがとうございました!
これは10年前の実話を元に書いたのですが、今思い出すと、アホらしいことしているなあ、と思いますね(笑)
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後編では、自販機を巡る争いがさらにヒートアップし...
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