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「反常識の生産性向上マネジメント」(小林裕亨著)を読んで|ICTと社会

先週は2回に渡って、働き方改革と生産性向上をめぐる私のモヤモヤ感を説明してきた。

このモヤモヤを解消すべく、何冊か本を読んでみたので、紹介したい。

まずは「反常識の生産性向上マネジメント」(日本経済新聞出版社)。経営コンサルタントとして、現在はミュンヘン、ニューヨークに本拠を置くCelonis(セロニス)社の日本法人代表を務める小林裕亨氏による、2019年6月刊行の本だ。Celonisは、シーメンスやボーイングなど500社以上のグローバル企業をクライアントとしているらしい。

本書では、まず高品質の原動力である「カイゼン」を生み出した日本が、なぜ労働生産性ランキングでは国際的に下位に沈んでいるかといった点で、90年代以降、経営の軸が品質からスピードやコストに移っていることで、現場の労働による生産性改善はすでに限界を迎えており、現代における生産性向上には経営のあり方の見直しが必要であると説く。その意味で労働生産性(=GDP÷総労働時間)という指標のみで評価することにも疑問を呈し、TFP(全要素生産性)といったよりトータルな概念で評価すべきことにも言及している。

つまり労働者の頑張りに頼った生産性向上はすでに難しくなっており、経営者自身のメンタルモデルの転換が必要だというのである。その例として組織風土的には専門家や職人志向を重んじる風土から水平分業や協業を志向する風土に、また経営管理にあっては管理やコンプライアンスを重視する風土から課題解決のガバナンスを中心とする風土への転換を提言している。

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著者は、職人気質の至高を極めるストイックな姿勢が日本で美徳とされる一方で、自分の価値観以外への許容度が低いことから、組織イノベーションを阻害しがちであるとし、もっと外向きにマインドアングルを転換すべきだと主張している。内向き・外向きという点では、ちょっとずれるかもしれないが、部長時代に社内向けの会議や資料作成にかかっている時間を集計してみたところ、自分の業務時間の約4割が社内向けの仕事に費やされていた。こうした過剰な内向きの労働は生産性を阻害している大きなポイントなのだろう。

また、環境変化に柔軟かつスピーディに対応できるアジリティ(俊敏性)こそが経営上もっとも重要であり、変化にあって経営が明確な方針を出し切れないまま、現場のミドル層に丸投げしてしまうことが、迷走と停滞を生み出しているとしている。生産性の低迷がミドル層の資質ややる気の問題ではなく、経営者の問題だよと言ってくれているところは、かつてミドル層の一員だったものとして、ちょっと気が安らぐ思いだ。

そして経営のメンタルモデルの転換のために、経営課題(issue)、人・組織(people)、方法論(methodology)という3つの視点で、構造論と運動論とに分解して、改善プロセスを自律的に進められる仕組みづくりが必要であるとしている。例えばサービス業における「おもてなし」についても、それを従業員の頑張りに期待し依存するものとせず、経営や組織の仕組みによって生み出され、従業員というインターフェースを通じて具現化され提供されるものにすべきとの主張だ。個々の従業員の頑張りに依存しているだけでは、顧客期待の流動性などの様々な不確実要因に対応しきれない。それはまさにそのとおりだと思う。

このような経営課題としての生産性向上活動を継続していくに当たり、最初の関門となるのが可視化の難しさである。可視化は「見られている」という意識だけでも大きな改善効果を期待できる出発点だが、縦割り的な日本の組織ではこれが極めて難しい。しかしながらデジタル・トランスフォーメーション(DX)により、常態的な可視化が可能になれば、日本企業の生産性向上に大きく寄与するだろうと結論づけている。

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全体として私が理解したのは、次の2点である。

・これからの生産性向上は、個々の労働者の頑張りや労働時間削減といった次元の問題ではなく、経営課題として認識し取り組むべきであること。

・経営観点での生産性向上に当たり、入り口となるのが可視化であり、そのためにDXが重要であること。

働き方改革それ自体はワークライフバランス正常化の意味でも非常に重要である。ただ、それによって生産性向上を実現するとか、あるいは生産性向上のために働き方改革が必要という発想は、もはや時代遅れだということを指摘していると思う。

かつてミドル層の一員だった私のモヤモヤ感は少しクリアになった。

一方で、経営者に対しては非常に重いテーマを突き付けているとも言える。経営者に求める生産性向上策として、拠点の統廃合とかグループ企業間連携とかポートフォリオ・マネジメントによるシナジーの活用とか、例を挙げて説明されてはいるものの、特に目新しい内容ではなく、これで日本産業が先進国水準に肩を並べられる程度までに生産性を引き上げられるのかどうかについては、どうも今一つよくピンとこなかったというのが、正直な感想である。

【つづく】

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