2023年映画感想No.78:耳をかたむけて(原題『All Ears[不虚此行]』) ※ネタバレあり
弔文作成がテンプレート作りから物語ることに変わっていく序盤
シネスイッチ銀座にて鑑賞。東京国際映画祭2023ワールドフォーカス部門。
弔文の代筆という主人公の職業の設定がまずとても面白い。
映画のファーストシーンは主人公が葬式場で依頼者に弔文のテンプレート的なひな型を提出する場面なのだけど、そうやって個人の表面的な情報を入れ替えるだけで完成する無個性で当たり障りのない弔文作りに対して「故人の人生を表していない」と複数の依頼者に咎められるところから話が始まる。
そこから主人公が弔文を書くために近親者などにヒアリングをしていく中で故人の人柄や周りの人々との関わり合いなどそこにあった「物語」への感受性に目覚めていくような感覚が繊細に描かれていく。
冒頭から日向と日陰が印象的な画面構図が多用されていて、主人公が他者の人生の見えない側面に踏み込んでいく予感が絵作りからも感じられた。
誰がために物語を引き継ぐのか
主人公自身そういう個人的な領域に踏み込むことに葛藤も見せながらも少しずつ人々の物語に耳を傾け、それを表現することを試みるようになっていく展開が良かったし、そうやって何を描くべきかでストラグルすること自体を表現者の良心として肯定するようないろんな人たちとの関係性の描写が優しい作品だった。
一つの大きな出来事ではなく小さなエピソードの積み重ねの構成が特徴的なのだけど、故人のための弔文を作る目的で出会う人たちの中に生前から彼に自分の弔文作りを頼んでいるお婆さんとの関係が織り込まれているのが良かった。彼女との場面があることで人から物語を引き継ぐという主人公の役割の問い直しが柔らかく示されていると思うし、やはりそういう彼女の存在は主人公にとっても大きなものだったと終盤に明らかになる展開がある。
主人公の物語が再び動き出すまで
前半の「良い弔文を書くってどういうこと?」という題材自体も面白かったのだけど、その先で表現者としての自尊心を取り戻していく物語論的な後半の展開も良かった。
「当たり障りのない弔文」の後ろ側にある人それぞれ持つ物語を引き出していくという弔文作りのプロセスが、凡庸であることのコンプレックスに囚われて脚本を書けなくなってしまった主人公を優しく解放していくような描写になっている。そこにいた人の物語に耳を傾けようとする主人公の誠実さが繋ぐ出会いによって、彼にもまた描くべき物語があるということに立ち返っていく展開が優しかった。
主人公はものが書けないという挫折のどん底にいた時に「人と人との別れ」という劇的なドラマを求めて葬儀場で人間観察を始めるのだけど、そんな単純なものではないということを実際は定型文でしかない弔文作りに携わる中で気づき、そうやって「普通の人生」の向こう側にある「普遍的な物語」を見つめられるようになっていく。
再び自分自身を描き始めるかのようなラストにじんわりと余韻が広がる。そして2時間の映画で積み上げてきた感動を一瞬で吹っ飛ばすエンドロールの猫。面白かった。
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