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2023年映画感想No.52:共に生きる 書家金澤翔子 ※ネタバレあり

金澤翔子さんの純粋で真っ直ぐな人柄

キネカ大森にて鑑賞。cinemactif東京支部外伝の期待作回で作品の存在を知って気になっていたところにキネカ大森での上映が始まったので鑑賞することができた。どうやら金澤翔子さんは大田区出身、在住の方らしく地元上映ということになるらしい。確かにご本人をご存知の方も多く観に来ている様子だった。

映画の冒頭から金澤翔子さんのお茶目な人柄がとても魅力的に映し出される。お世話になった住職さんのお葬式で「帰ってきてー!」と泣いてしまったというエピソードが象徴的なのだけど、冒頭のギャラリー付きのマンションに引っ越す一連の場面だけで彼女の優しくて純粋な人柄が感じられてほっこりした気持ちになる。引越しの業者さんにお声かけしたり、オープンしたギャラリーで「嬉しいな、嬉しいな」と呟いたり感情表現が真っ直ぐで打算が無い。カメラにおどけたり、ニコニコしながらポーズを取ったりする様子もチャーミングで一気に彼女のことを好きになってしまう。
また、この場面が最初にあることで彼女の素朴で明るい人間性が書家としての特徴に繋がっているように感じられる構成にもなっているように思う。

母 泰子さんの葛藤と成長~個性を見つめること

この映画では翔子さんが書道の道に進むきっかけになった母 泰子さんの存在が翔子さんと同じくらい大きな比重で描かれている。
書道しかできないと語る泰子さんは自宅で書道教室を開いて小学生の娘と同級生を一緒に面倒見たり、翔子さんが特別支援教室に転校しなければいけなくなった際は彼女に般若心経を書かせる。泰子さんは子育ての悩みを書道によって乗り越えてきた人であり、図らずも書道が翔子さんの社会との接点にもなっていることも含めて書道が翔子さんの人生を切り開くものになっていく必然性を感じさせるエピソードになっている。
また、翔子さんの幼少期にはダウン症ということで彼女の可能性をかなり否定的に捉えてしまっていたことが泰子さんの口から赤裸々に語られる。翔子さんが普通学級の小学校に入れたことが嬉しく、途中で特別支援教室に転校しないといけなくなったのがショックだったと語ることからも、当初は障害をハンデとして否定的に捉えてきたことがわかる。悩みながら子育てしてきたことが綺麗事なしの表現で語られるのがとてもリアルだし、だからこそよく知らないがために障害を同情的、否定的に捉えてしまう一般の人々の認識を解きほぐす役割にもなっているように感じる。僕自身、不勉強で恥ずかしいことに「ダウン症」という障害に無知や偏見があったし、だからこそ翔子さんの人間性に触れる中でありのままの彼女の素晴らしさを見つけ、認識をアップデートしてきた泰子さんの葛藤と成長からも多くのことを学ばされた。
「ダウン症が無くなりますように」とお地蔵さんに神頼みしていた泰子さんが般若心経を書かせたことで翔子さんの才能に気づくことができたというのが救いのエピソードとしてとても良かった。また、彼女がかつての自分と同じ不安を抱えるダウン症児の親たちにかけてあげる言葉には彼女が言うからこその重みと優しさがあって感動させられる。
ダウン症を欠点だと決めつけているのは自分なのではないかと気づいた泰子さんが意を決して「ダウン症ってなに?」と小学生の翔子さんに聞いたら少し考えた後「書道が上手い人かな?」と答えたというエピソードが最高で泣いた。

翔子さんの純粋さという絶対的強さ

翔子さんは評価を欲しがらないし生みの苦しみも感じないという表現者として無敵みたいな人で、俗物の僕にはあまりにも敵わなすぎた。僕なんかいつも上手く描けない自分に負けまくっているし、描いた作品はできるだけ褒められたい。好きなものを楽しく続けているだけで歴史的傑作をバンバン生み出せるというのはちょっと最強すぎると思う。
僕は書道については全くの門外漢なのだけど、劇中でたくさん紹介される翔子さんの作品はどれも自由で美しくて圧倒される。それに対して様々な有識者が言葉を尽くして解説してくれるのだけど、当の翔子さん本人は全くそういう技術や評価に縛られていないのが何より彼女の特別さを証明する皮肉のようで笑ってしまった。翔子さんは字を書く時に緊張しないと言うし、どの字が難しいかを聞くと「全て簡単」と答える。席上揮毫の場でマイケル・ジャクソンを踊る。何もかしこまらないし、「書道」を型にはめない。だからこそ表現できるものがあるのだと思わされる。
この映画自体が「誰かと比べるのではなく誰しもに絶対的な魅力がある」ということを見つめる作品だと思うのだけど、元々は社会という枠組みの中で居場所の不安を抱えていた翔子さんという存在がそういう学歴や競争と全く関係ないところで自由に才能を羽ばたかせることで枠組みに捉われないその人だけの居場所を作り出していくのが価値観からの解放としてとても素晴らしい。人は社会に所属することが前提条件なのではなく、自分の得意分野で才能を発揮すれば社会においての役割はおのずと後からついてくるという大切なことを示していると思う。そしてそれは障害の有無などとは関係無い、誰しもに当てはまる話でもある。
そしてそうやってあるべき場所で才能を輝かせる活動が同じようにコンプレックスで自分や身近な人の可能性を否定してしまう悩みを抱える人々の希望になって、社会全体の認識が更新されていく。ひいては「多様性は人類を発展させる」という普遍的な理想を体現している存在だと思うし、それが彼女の「共に生きる」という言葉に象徴されているように感じられるのも感動的だった。

とても良いドキュメンタリ映画だった。翔子さんの画廊も足を運べる距離にあるのでせっかくだから生で彼女の作品に触れてみたいとも思う。

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