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ジョアンナ・ホッグ『エターナル・ドーター』母と娘についての"スーベニア"

傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ジョアンナ・ホッグ長編七作目。前々作と前作は、ジュリーという若い映画学生を主人公として1980年代イギリスを描いた『ザ・スーベニア』シリーズであり、A24と共に製作したこれらの作品によってジョアンナ・ホッグの名前は世界中に届いたわけだが、本作品の主人公は中年になったジュリーのようでもあり、しかもデビュー作以来の自身の分身でもあるティルダ・スウィントンが演じているともなれば、非公式ながらシリーズ三作目と呼んで差し支えないのかもしれない。加えて、『ザ・スーベニア』シリーズでは主人公ジュリーをティルダ・スウィントンの実娘であるオナー・スウィントン・バーンが演じていたことを考えると、彼女が成長してティルダ・スウィントンになるのも納得だし、三作品全てにティルダ・スウィントン演じるジュリーの母親ロザリンドが登場する。そう、本作品はティルダ・スウィントン一人二役によるほぼ一人芝居なのだ。ちなみに、ティルダ・スウィントンはこれまで数多くの一人数役をこなしてきており、本作品となぜかよく比較されるのが『ヘイル、シーザー!』と『オクジャ/okja』なのだが、そのどちらもが姉妹を演じており、親子を演じるのは初めてらしい。

ジュリーとロザリンドは田舎のホテルに宿泊する。そこはかつてロザリンドの伯母の家だった場所で、様々な記憶を宿している。ジュリーは母親についての映画の構想を練るために彼女を連れ出して、ホテルで誕生日を祝う予定だったが、ホテルの不気味な雰囲気に絡め取られていく。宿泊客が居ないはずなのに上階から音がするし、電波は届かないし、コンシェルジュは無愛想すぎる。構想も進まないし夜も眠れない日々が続く。そして、ロザリンドからは"空襲を避けるためにここに来た"とか"ここにいた間に従兄弟(?)が戦争で死んだ、幼すぎて葬式には行けなかった"とか"臨月を迎えた頃ここに来ていた"とか様々な記憶を語り始め、ジュリーは更に追い詰められる。しかし、ロザリンドも、或いは30年以上ホテルの管理人をやってるビルも、"楽しい記憶だって悲しい記憶だったあるでしょ"とさっぱりしているし、ロザリンドは様々な記憶に囲まれながらもぐっすり寝ている。屋敷の薄気味悪さに心を潰しているのはジュリーだけ…上階の音、薄暗い廊下、隙間風の音などのロバート・ワイズ『たたり』みたいな幽霊屋敷的恐怖に加えて、この母娘が同じ画面内に収まる瞬間が数回しかなく、ロザリンドは映る度に少しずつ老いていて、という演出もジュリーの後ろめたさを非常に上手く視覚的に表現している。

終盤でジュリーはロザリンドの誕生日を祝う席で"お腹空いてない"と突然言い始めた母親に対して"私は貴方(=ロザリンド)に幸せになってもらおうと全ての人生を捧げてきたが、それでも貴方が全く分からない"と、駄々っ子を叱る母親みたいな言葉を投げつける。そして、ここでようやく一人二役の謎や幽霊屋敷の謎が解ける。それは亡くなった母親の記憶への自身の投影でもあり、娘がいないことを気にしているジュリーによる"母親"の再演でもあり(自身が"永遠に娘である"ことに驚愕している)、最も親密な他者と対峙する恐怖そのものである。『ザ・スーベニア』シリーズで見せた過去の自己についての繊細な自己批判と自己開示が、現在の自己に向かった一作と呼べば良いのか。

・作品データ

原題:The Eternal Daughter
上映時間:96分
監督:Joanna Hogg
製作:2022年(イギリス, アメリカ)

・評価:80点

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