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John Abraham『Donkey in a Brahmin Village』バルタザール、インドへ行く

マニ・カウルやリッティク・ゴトクといった名だたる巨匠の指導を受け、影響を受けながら独自の道を進んだ南インドの伝説的映画監督ジョン・アブラハム(John Abraham)による代表作。タミル語詩人スブラマニア・バラティによる火を讃える詩の朗読によって幕を開ける本作品は、『バルタザールどこへ行く』を念頭に置いた、ロバの受難と迫害についての物語である。インドにおけるロバの扱いはかなり手荒く、冒頭では"虐めてたら反撃されたので殺した"という文句まで登場する。そうして母親を失った子ロバは哲学教授ナラヤナスワミ(演じるのは本作品の音楽も担当しているM.B.スレーニヴァサン)の家にたどり着き、そのまま彼に飼われることとなる。しかし、大学の生徒たちは教授の行動を理解せず、壁中に侮辱と嘲笑に満ちたポスターを貼りまくったため、教授は子ロバをバラモン階級の人々が暮らす実家の村に送ることにした。子ロバの基本的な世話を任された実家で働く聾唖の少女ウマは、虐待されても物言えぬ動物に深い絆を感じて献身的に子ロバを育てるが、ロバを蔑視する村人の私利私欲の体の良い言い訳のために搾取され尽くし、ロバは遂に殺されてしまう。

本作品において、ロナとダリット(つまりウマ)は"不浄"なものであり、それらを抑圧/搾取/支配することは宗教的権威によって正当化されている。ロバはお見合い会場や宗教施設に侵入したとして住民のヘイトを貯めるが、それは悪意のあるバラモンの子供たちとそれに共謀した大人たちがロバをスケープゴートにしているだけに過ぎず、少女ウマもまた性欲のために利用され、妊娠したら打ち捨てられ、遂には死産するに至ってしまう。両者は自分の置かれた状況をコントロールできない無防備な存在として並置され、声なき者の無力さを描いている。『バルタザールどこへ行く』とは似たような境遇を辿るが、高尚な精神の追求を行った同作と異なり、本作品はその高尚さそのものを批判しているのだ。

ロバを殺した村に奇跡とも呼べる出来事が連発する。村人たちは自分たちに都合のいいことが起こり始めると、掌返しでロバを敬い始める。そして、ロバを火葬は革命の炎として村を包み込み、冒頭のバラティの詩が意味を持って復唱されるとき、抑圧と破壊の責任を負うべき人々は正しく焼き尽くされる。終盤の怒るウマの手→怒る教授の拳→圧倒的な炎の美しさの連鎖は本作品のハイライトの一つだろう。

ジョン・アブラハムは後に従来の映画製作/配給手法に則らない映画製作体系を目指した"オデッサ・コレクティヴ"という組織を設立し、自身の後期代表作『Report to Mother』を含めた様々な作品を、現代で言うクラウドファンディング的手法で資金を集めて製作していった。しかし1987年5月30日、パーティの後に自宅屋上から転落して病院に搬送され、そこで十分な医療処置を得られなかったことで亡くなってしまった。彼の生き様は放浪生活、弱者への寄り添い、利他主義、社会規範への反抗というキーワードで語られ、その全てを包含した長編四作だけが遺された。

・作品データ

原題:அக்ரஹாரத்தில் கழுதை
上映時間:90分
監督:John Abraham
製作:1977年(インド)

・評価:80点

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