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ジョナサン・デイヴィス『Topology of Sirens』音で空間を蘇らせ、空間で音を可視化する

大傑作。ジョナサン・デイヴィス初長編作品。ロサンゼルス郊外、穏やかな自然に溢れた、まるで時間が止まったかのような地域にある亡き伯母の家に引っ越してきた音楽家のキャス。鍵のかかった押入れにしまってあったハーディガーディの中に謎のカセットテープを発見した彼女は、伯母が辿った音の探究の旅路を辿り直す。物質を起点に感情や時間などを辿り直すのはソフィア・ボーダノヴィッチのような手法だが、興味深いのは本作品は"音"についての映画であり、常になんらかの"音"が流れていることだ。ここでは会話も音に含まれ、本質的には会話の中身すら重要ではない。そして、それらの"音"はキャスのいる"空間"で視覚化され、逆に"過去の音"から"過去の空間"を再創造することで、音と空間は相互補完しながら強固に結び付けられる。最初の伯母の家、ハーディガーディ専門店、アンティーク楽器店などミニマルな空間もあれば、木々が画面に横溢するアレクサンドル・レクヴィアシュヴィリのような空間もあり、実に心地良い。

後半になると、ジャック・リヴェットのようなゲームが始まり、途中で出会った『The Sirens』という絵画に登場した二人の女性に視点人物が入れ替わる。"Tracker Siren"と"Scribe Siren"とされる二人の無言の女性は、強固に結びついた音と空間の中から生み出され受肉した存在のようで、都市部を目指して好奇心旺盛に歩み続ける。二人はハーディガーディの精霊として、キャスとその伯母が別々の時間に辿った旅を三度辿り直す。時間、音、空間、物語はこうして受け継がれていくのか。映画は過去の空間が完全に再構築され、それをキャスが眺めるという、涙が出るほど美しいシーンで幕を下ろす。キャスの視線と我々の視線が最終的に同化し、我々も映画の空間に取り込まれた瞬間だった。

・作品データ

原題:Topology of Sirens
上映時間:106分
監督:Jonathan Davis
製作:2021年(アメリカ)

・評価:90点

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