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ニナ・メンケス『The Bloody Child』アメリカ、匿名化された女性たち

ニナ・メンケス長編四作目。『The Great Sadness of Zohara』から連なる四部作の終章。実際に起こった事件、湾岸戦争から帰還した若い海兵隊員が妻を殺してモハーベ砂漠に埋めようとして逮捕された事件に着想を得ている。映画は逮捕される前後の瞬間、海兵隊員たちが屯するビリヤードバー(男や彼を逮捕した隊員たちが通っていたかもしれない)や、森の中に呆然と座り込む全身泥まみれの女性の映像などを時間も因果もバラバラに繋ぎ反復し続ける。特に多いのは現場に続々と集まってくる海兵隊員たちを撮ったシーンで、彼らは仕事と関係のない話から不謹慎な話まで色々な無駄話をしながら、事態が進展するのを待っている。妻殺しに怒った隊員の一人が男の顔を妻の血まみれの腹に押し付けて"気に入ったか?!"と叫ぶシーンが何度も登場することからも分かる通り、作中で殺害された妻は物言わぬオブジェクトと化している。バーでのあれこれでも逮捕後のあれこれも、男性優位な空間で女性はいとも簡単に匿名化してしまう。また、子供の囁き声で韻を踏んだ単語が反復され続け、グロテスクなお伽噺のように不気味さは増していく。そんな中に登場するのが、逮捕しに来た女性隊員である。当然、ティンカ・メンケスが演じている。終盤でようやく彼女がティンカであることが分かり始めると、唐突に何も無い道路に馬が表れたり(まるで亡くなった妻が蘇ったかのような驚きと生命感がある)、妻を埋める穴を掘ってた男と荒野で対峙する西部劇のようなショットがあったり、『クイーン・オブ・ダイヤモンド』のコピー"馬のいない西部劇"を逆に解体していくようでもあった。ラストは創世記に登場する"ソドムとゴモラ"の挿話で、神の言いつけを破って振り返ったことで塩の柱となったロトの妻の節が引用されている。殺害の動機は明かされないが、やってはならないことをした女の責任である、を是とする社会への問いを投げかけているのかもしれない。

・作品データ

原題:The Bloody Child
上映時間:85分
監督:Nina Menkes
製作:1996年(アメリカ)

・評価:70点

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