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ギャスパー・ノエ『VORTEX ヴォルテックス』心より先に脳が壊れていく人たちへ

傑作。ギャスパー・ノエ最新作である本作品では、御年81歳のダリオ・アルジェントと御年77歳のフランソワーズ・ルブランが夫婦を演じている。ある朝、ルブランとアルジェントが一つのベッドで寝ていると、二人の間を黒い水が滴り落ちるような演出と共に、徐々に画面が区切られていく。前作『ルクス・エテルナ』のような二分割画面となった映画は、片方の画面でトイレに行き、湯を沸かし…と家をうろつくルブランを追い、もう片方で未だ寝ているアルジェントをじっとりと捉える。ようやく起き上がったアルジェントはプレイバックのようにルブランの行動を繰り返すが、彼女がトイレを流していなかったり、コンロを高火力で放置したりと、繰り返すことでルブランの行動の怪しさが浮き立っていく。二つの画面はそれぞれ独立したタイミングで、瞬きのようなカット割りを含み、夫婦がすれ違うと画面上の視点人物も入れ替わる仕様になっている。また、二人の動作が画面左右で重なることも多い。アルジェントは認知症になったルブランを叱責し病状を嫌悪しているし、息子は両親の関係性や介護施設への引っ越しを拒絶する姿勢に不安を感じているが、画面上の視点人物の流動性や動作の反復を見る限り、彼らの間に本質的な差異はないのだ。

割れた二つの画面で夫婦それぞれの視点から行動を追うので、同時多発的に起こる事象、例えば風呂に入るアルジェントと目を離した隙にアルジェントの原稿を破り捨てるルブランなどを一度に観てしまうことができる。そして、アルジェントの知らないところで、ルブランが無言で薬を砕いて飲んでいたり(彼女は医者だったらしく、未だ自分が処方箋を書けると信じている)、アルジェントの原稿を捨てたり、ガスを付けたまま放置したりという恐怖は、アルジェントが発見する/しないに関わらず観客を襲い続ける。また、興味深いのは、会話や動きの多いアルジェントの方の画面を観ていたら、ルブランの決定的な行動を見逃してしまうかもしれないと思う瞬間が何度も訪れることだろう。実際に見逃しているかもしれない。いつの間にか手遅れになっていた…なんて恐怖が、ニ画面あるからこそ"知ることが出来たはずなのに…"と倍増していくのだ。

まぁこの映画で一番恐ろしいのは、画面奥でミニカーを正面衝突させまくってる孫のキキなんだが…

・作品データ

原題:Vortex
上映時間:142分
監督:Gaspar Noé
製作:2021年(フランス, ベルギー, モナコ)

・評価:80点

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