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ジョージ・ミラー『アラビアンナイト 三千年の願い』物語と神秘の復権と神話の再創造

ジョージ・ミラー長編最新作。A・S・バイアットの短編小説『The Djinn in the Nightingale's Eye』の映画化作品。主人公アリシアは人類全ての物語に共通する真理を見出そうとする物語論研究者である。彼女は公演でこう語る。気象データや天体の動きなどを知らない太古の人々は、全ての驚異と災害の背後にある未知の神秘に名前を付けた。しかし、今では物語は科学理論で塗り替えられ、未知の神秘はただのメタファー或いは漫画のキャラとして消費されるにすぎない存在となってしまった、と。アリシアはトルコでの公演の帰り道、お土産に購入したガラス瓶の中に入っていた幽精ジンを解放してしまう。ジンは三つの願いを聞き入れるといい、アリシアに"女性が最も欲している物は…"などと説くが、現状に満足しているアリシアは欲しい物がない。そこでジンは自分が生きた3000年間の身の上話をすることで、自らの使命、つまり三つの願いことを聞くことを果たそうとする。

一人目はシバの女王である。これは聖書の"ソロモン王とシバの女王"の物語を変形させたもので、ジンはこれを真実であるという。シバの女王はジンの血縁者であるらしいのだ。シバの女王はソロモン王の訪問を受けて彼に心惹かれ、ジンの説得虚しく彼にのめり込む。ソロモン王は障害になるジンをガラス瓶に閉じ込めて海に沈める。
二人目はオスマン帝国のギュルテンという奴隷女性である。彼女はスレイマン1世の息子ムスタファに恋してハーレムに入るも、政争に巻き込まれて三つ目の願いをする前に死んでしまった。その後100年近く、誰にも見えない状態で宮殿を彷徨い続け、ムラト4世とイブラヒムの兄弟に出会う。彼らはジンの存在に薄っすら気付けるようだったが、それぞれの道を歩んで死ぬ。ジンはイブラヒムの妾によって再び海の底に沈められる。
三人目は裕福な商人の若妻ゼフィールである。爺さんの三人目の妻ということで屋敷中から冷遇されている彼女は、実は優秀な発明家であり、女性だったために歴史の表舞台に出ることはなかった。

ジンの語る物語は、願いを言わないアリシアに対する、或いはその後のアリシアに対する教訓物語のようでもある。具体的には、盲目的なジンへの愛、願いを使い切らなかった場合に訪れる孤独とジンの警告を無視して決断に盲目になること、自己実現のために周囲を遠ざけることとその代償である。シバの女王もギュルテンも(ムラト4世とイブラヒム兄弟も)ゼファールも、アリシアの一部を反映した人物であり、そこから物語を構築することで、見知らぬ人間の歴史を他人に伝えることが出来る。ここで物語ることの基本が理論から実践へと格上げされる。終盤で描かれるアリシアの家には、シバの女王篇で登場した赤い糸やゼファール篇で登場したガラス瓶のコレクションなど、ジンの物語を想起させるアイテムが散らばっており、ラストではジンの物語「Three Thousand Years of Longing」を執筆していることが明かされる通り、ジンの登場とその語りについて、それが本当に起こったことなのかは意図的にはぐらかされている。これこそが映画冒頭で述べた"未知なるものを物語ること"に他ならない。ここで、実践から枠構造を使って一般化を行っている。物語と神秘を復権させ、神話を(自分の物語としてではあるが)再創造しているのだ。

ただ、物語のほとんどがトルコで展開されるので、カビ臭いオリエンタリズムにしか見えなかった部分も多い。ムラト4世とイブラヒムとか色々混同してそうなとこもあって、なんだかなあと。ほぼほぼホテルでくっちゃべってるだけだが、神話的という意味で前作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』と対照的な一作。

・作品データ

原題:Three Thousand Years of Longing
上映時間:108分
監督:George Miller
製作:2022年(オーストラリア, アメリカ)

・評価:70点

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