わたしがnoteで文章を書いている意味について考えてみた。

わたしが毎日更新を続けている意味とは?

考えても答えは見つからないのかもしれない。

だけど書いていきたい。

わたしがnoteに文章を書こうと思ったきっかけは、推しの書く文章読んでいて、自分も書きたくなったからでした。

ちょうど転換期というか、仕事を辞めた時で、転職しなきゃとか、今度こそ天職に出会いたい!とか考えていた頃でした。

初期はこんなことを書いていたけど、スキが1つなのがわかるほど、今よりももっと下手くそな文章だ。

わたしの初期の頃の文章は、ほぼ誰にも読まれてはいなかった。

それでも自己満で続けてきて、今がある。

その頃は無職で時間があって、自分で写真を撮ったりしながら、noteの文章と合わせて楽しく書いていた。

同じように無職だった方と切磋琢磨しながら。

時には厳しい意見もいただいたなあ。

好きなことを仕事にみたいなことを書いた時に…。


その頃から比べると今はとても恵まれている。

この環境でずっと書いていれていることに感謝しています。



こんな良い場所はどこにもないだろう。

なのに今蔑ろにしてしまっている…。

書くだけ、毎日更新をしているだけ。

そんな日々が続いてしまっている。


そうすると読んでくれていたひとは離れていく。

だけど他の方が…また読んでくれたりする。

新しい出会いはあるけれど、それはとても嬉しいことだけど、ずっと読んでもらえるひとこそ大切にしないといけないのに…。

それが出来ていないという現実。


だけど毎日更新だけは続けている意味とは?理由とは?

多分書くことで呼吸をしている。

書きたいことと書けること、更新できることは違うので、書きムラがありますが…。

毎日同じクオリティーで書きたいとは思うけどそれは難しい。

というより毎日は書いていません。

毎日1つ書くみたいにしたいところではありますが…毎日書くことはきっと出来ません。

そういう書き方をしてたら次の日きっと泣いてます…。

だからそういう書き方はきっとこれからもしないと思います。

毎日更新が続く限りはこの書き方にしようと思います。



"書くことで呼吸をしている"

こう書くと大袈裟かもしれない。

だけどこの言葉が1番しっくりきます。

"書きたいことを書く"ということを心がけながら書いていますが…。

書きたいことを書きたいときに書くので下書き満載、そして書くことにもムラがあります。

読んでくれるひとに興味を持っていただける文章を書きたいとは思っていますが、毎日は無理で…。

最近の更新は今までで1番ムラがあるなあって感じてます…。

だからと言って毎日読んでほしいとは言えませんし、言いません。

気になったときに気になったものを読んでほしい。

そしてたまに思い出してもらえたら嬉しい。

あのひとまだ書いてるのかな?って。

毎日更新が続く限りは毎日更新してあなたの懐かしさにもなれるかもしれない。

共感してもらえたり、今苦しいひとに寄り添えたらなって思うけど、結構いつも余裕がなくて、助けてもらってばかりだけど。

まだ書いてるよ!って思われるだけでも良い。

noteにわたしがいたことを覚えていてもらえたら嬉しい。

わたしももう今は書いていない場所で同じように書いていたひとのことはたまに懐かしくなり思い出します。

そういうように優しい記憶になれたらいいな。

そういう意味でも書き続けたいなって思います。

いつまで続けることができるのかはわたしにもわかりませんが…。

その日までよろしくお願いします!



おわり。

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