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巨匠ソニー・ロリンズの精神世界 読書感想「It’s All Good/Christine M.Theard」

 ジャズテナーサックス の巨匠、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)。本書には、彼と電話友達である著者との会話内容が収められている。基本的には、女性医師である著者がロリンズ氏に悩みを打ち明け、ロリンズ氏が助言をする流れだ。苦しみへの対処方法、楽器との向き合い方、宗教観など、ロリンズ氏の精神世界について知ることができる。

 日本語訳版が出版されていないので、英語の勉強がてら、オリジナル版で読んでみた。

サックスを吹くことは「瞑想」

 本書の頻出ワードが、ヨガと仏教。特にヨガについては、ロリンズ氏は聖者:Patanjaliを”That is my main man”と述べ、”Patanjali”という名前の曲をつくるほど慕っている。
 1960年代後半にはインドに足を運び、ヨガの修行所であるアシュラムに4カ月以上滞在して修行を積んだ。

 彼はヨガの指導者(Guru)から「あなたがサックスを吹くとき、それは瞑想になる」と言われたらしい。
 ロリンズ氏は、サックスを吹くことで”(精神的な)高み"に到達している。それは、かつての彼が手を出していたドラッグという有害物に頼るよりもずっと良い方法で、到達できる世界もずっとハイレベルなものという。
 ロリンズ氏はサックスを吹くとき、「テクニックのことは考えたくない」という。自身の”physical mind”から解放され、音楽が、ありのままに流れる状態を理想としている。

 ちなみに、本書に収録されている会話がなされた時、ロリンズ氏は既にサックスを吹けなくなっている。かつての彼は、サックスを吹くことで人生の苦しみから逃れていた。
 サックスを吹けないという「新しい現実」を受け入れるのに数年かかったというが、「頭のなかで音楽を思い浮かべ、楽器の指使いも想像することができる」。「もう一度サックスを吹くことをあきらめることはできない」が、頭の中で音楽を鳴らし、発展させることで折り合いをつけているようだ。 

KKKに撃たれても、それは彼らの問題だ

 このご時勢なので、ロリンズ氏の人種差別に対する考え方も興味深かった。
 「KKK(白人至上主義団体の一つ)に撃たれても、それは彼らの問題で、私の問題ではない」というパワーワードが登場する。
 訳が難しいが、他人が自分をどう扱うかよりも、他人に親切に接するなど、自分自身がいかに正しい行いができるかが重要、ということみたいだ。
 「撃たれる=命を奪われる」ことに対して達観しているのは、ヨガや仏教の思想の影響から、肉体と精神を別物として捉えていることも理由のようだ。

 少年時代のロリンズ氏は、活動熱心だった祖母に連れられて、公民権運動に参加していたという。主導者の一人であるPaul Robesonは、彼の”Big Hero”。
 ロリンズ氏が1958年に収録した”Freedom Suite”は、彼にとって初めての”protest song”という。

 著者は訊ねる。「未だに同じような闘いが行われている」と。ロリンズ氏は答える。
 
 “It’s the same thing. It’s no different. It’s up to us to try to move it up as we gain some knowledge and try to get closer to that light. As the buddhist refer to the light.”

 正確に訳せる自信がないので、そのまま引用した。

愉快で魅力的な笑い声

 このほか、盟友John ColtraneやClifford Brown、今は亡き愛妻Luccileについてなど、興味深い内容が盛り沢山だ。特に、苦しみや悲しみに対する対処方法は、悩める私にとって大変参考になった。同じ言葉でも、心から尊敬するロリンズ氏が言うと響く。

 ロリンズ氏の精神世界を理解するにあたり、ヨガや仏教についての知識は欠かせないと思った。まずは、ロリンズ氏がヨガに興味を持つきっかけになったという“The Autobiography of a Yogi”から読むべきか。

 ちなみに、本のカバーのロリンズ氏の肖像画は、著者の母親が描いたものだ。著者の家族は、特に父親がロリンズ氏の熱烈なファンで、その影響で著者もロリンズ氏を知り、ファンになる。

 余談だが、著者いわく、ロリンズ氏の笑い声は「それを聞けば笑わずにいられないほどSTRONGな笑い声」らしい。
 思わず、こちらがつられて笑ってしまう笑い声の人。私も知っている。


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