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フリーランスへのセクハラ・パワハラ防止、安全配慮義務確保のあり方【アムール他事件 東京地裁令和4年5月25日判決】

社会保険労務士の荻生です。

毎月1回、九州労働判例研究会を行っています。
労働法の教授をファシリテーターに招き、九州各県の社労士・弁護士と、判決文を読み込み議論、知識と経験のシェアを行っています。

さて、1月の九州労働判例研究会では、アムール他事件を取り上げました。
参加者は12名。鹿児島・熊本や宮崎などから、ご参加をいただいております。

事件の概要

本件では、業務委託契約でSEO対策・ブログ更新などを行わせていた、フリーランスの女性に対するセクシュアルハラスメント、パワーハラスメントが行われ、うつ状態を発症したことへの会社の責任が、争われました。

判決文に、行為の詳細が載っています。
あえてここでは引用しませんが、セクハラという言葉が軽すぎると思える、性犯罪ともいえる内容です。実際に原告は、警察に相談しており、裁判所も「極めて悪質」と、厳しく断じています。

また、この発注者は報酬の支払を、理由をつけて拒み続けていました。この行為が、経済的な不利益を課すパワーハラスメントにあたると訴えました。

そして、未払報酬およびセクハラ・パワハラ、メンタル不全に対する慰謝料、および弁護士費用を請求する裁判を、起こしました。

裁判所はこれに対し、原告の請求のほとんどを認める判決を下しました。


この判決の意義

この判決の意義は、直接の雇用契約関係にないフリーランスに対しても、使用者の安全配慮義務を認めたことです。

直接の雇用契約にある、使用者と労働者については、既に労働契約法第5条で、使用者の安全配慮義務が定められています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)

ただ、労働契約法は、あくまで雇用契約の関係にある、使用者と労働者についての法律です。雇用契約にない、具体的には業務委託契約や準委任契約、請負契約にある使用者とフリーランスの関係は、規制・保護の対象としていません。

では、裁判官は今回、どのように会社の安全配慮義務違反を認めたか。

裁判官は、発注者と原告フリーランスの関係の実態を判断し、「実質的に、会社の指揮監督のもとで労務を提供していた」と認定しました。

そして、「会社は原告に対し、原告がその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていたものというべき」とし、会社の安全配慮義務違反が成立するとしました。

「信義則上の義務」という、聞き慣れない言葉が出てきました。
これは後ほど解説します。

労務管理におけるポイント

現在、副業・兼業の推進、ギグエコノミー化をうけ、雇用にとらわれないフリーランスの働き方が、注目されています。フリーランスは年々増加し、2020年には462万人が、働いているとされています。

フリーランスの契約は対等かつ自由、当事者間の自己責任とする、考えもあります。ですが、仕事の発注者と、受注者である個人は、大抵において、力関係は対等でありません。

今回のアムール他事件においても、今後の仕事への期待から、被告会社の悪質な行為に耐え続けていたことが、見て取れます。また、使用者の対応にも、フリーランスを「舐めていた」と思われる点が、いくつも見受けられます。

今回のアムール他事件は、使用者のそのような行為や態度のリスクを、示したものといえます。

この事件には、使用者における誤解が、いくつか見られます。
使用者が「契約書を書面で定めていない」「会社が求めていた水準の業務を行っていない」と、反論していた場面がありました。

この点について、契約書が無くても、当事者間において契約が結ばれていたという実質を認めています。また、仕事の完成が目的でなく、仕事の提供をすれば目的は達せられる、とも認められています。

もし、使用者が求める水準での、仕事の完成を目的とするのなら、その水準は業務委託契約の締結時に明確に定義・明示されるべきであったし、それを書面においても明確にすることが、必要だったといえるでしょう。

使用者の解釈で、自由にできるわけではないことは、ご注意ください。


安全配慮義務の成立過程

「雇用関係における安全配慮義務」を定めた労働契約法第5条は、判例の積み重ねを法律にしたものです。とくに最高裁判所の判例の積み重ねは、いわゆる判例法理と呼ばれ、法律と同様の効果を持ちます。

この判例法理を、実際の法律にしたものが、労働契約法第5条です。

きっかけとなった判例は、陸上自衛隊八戸車輛整備工場事件です。
この裁判では、安全配慮義務を、「特別な社会的接触の関係に入った」当事者の間に、相手方に対して「信義則上負う義務」として認められるべき義務、としました。

信義則上負う義務。
アムール他事件の判決文と、同じ言葉が出てきましたね。

この信義則という言葉をざっくり説明すると、「相手方の信頼関係を裏切ることは、やってはいけないよ」ということです。安全に配慮するのは当たり前、ということです。

陸上自衛隊八戸車輛整備工場事件では、この「特別な社会的接触の関係」を、公務員であることに置いていますが、その後、川義事件の最高裁判決で、この関係は雇用契約関係においても成立すると、拡張されました。

この流れを経て成立したのが、労働契約法第5条です。

フリーランスの保護法制に与える影響

現在、フリーランス保護新法が、議論されています。
2022年秋の国会で成立する予定との報道もありましたが、その後先送りされ、2023年中に成立予定と言われております。

このフリーランス保護新法については、既にパブリックコメントの募集が終わっています。ハラスメント防止策については、パブリックコメント募集時の「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」に、次のように定められています。

(オ)就業環境の整備として事業者が取り組むべき事項
① ハラスメント対策
〇 事業者は、その使用する者等によるハラスメント行為について、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じるもの等とする。

「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」

現状では、ハラスメント対策については措置義務となる方向ですが、果たして実効性のある規制になりますでしょうか。

本件アムール他事件、および陸上自衛隊八戸車輛整備工場事件を踏まえ、発注者に対する安全配慮義務の法制化へと、踏み込むべきと考えます。

労働者に対する安全配慮義務については、最高裁判決を踏まえた判例法理を法制化した結果、労働契約法第5条が定められました。

今後検討されるフリーランス保護法制にも、同様の安全配慮義務に関する法整備を望みます。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

九州労働判例研究会は、参加者を募集しております。

九州労働判例研究会は、九州各地の社労士・弁護士が、労働判例を楽しく学び、発信する研究会です。
初回の受講は無料です。希望者はお気軽に、ご連絡ください!

アムール他事件については、本研究会にオブザーバーとして知見をご提供いただいてます、弁護士・溝延祐樹先生の解説もございます。ぜひご覧ください。


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