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フリーランスに対するセクハラへの断罪と課題【アムールほか事件・東京地裁令和4年5月25日判決・労働判例1269号15頁】

最近、一部の界隈で「日本の雇用制度は崩壊した」「だからフリーランスで自由な働き方を手に入れよう」といった言説があるそうです。

確かに、終身雇用がもはや過去の話になりつつある現在、入社から定年まで同じ会社ということは期待できないかもしれません。

しかしながら、労働契約という法律関係がある限り、使用者は労働者に対して安全配慮義務・職場環境配慮義務を負います(労働契約法5条)。
また、男女雇用機会均等法や育児介護休業法、労働施策総合推進法などの関連法令も、事業主に各種ハラスメントの防止と良好な職場環境の実現を事業主に求めています。

そのため、労働者は少なくとも法制度上はハラスメントのない環境で働く権利が認められています。

これに対し、フリーランスは自身が事業主なので全て自己責任で営業をし、売上げを立て、利益を挙げなければなりません。

特に、事業開始の段階だと、新しい案件を獲得するために不本意な仕打ちに堪えなければならないこともあります。

今回は、そのようなフリーランスの弱い立場に便乗して行われた卑劣なセクハラを断罪した事例としてアムールほか事件(東京地裁令和4年5月25日判決・労働判例1269号15頁)を取り上げます。
【※今回の記事は事案の性質上、性的な内容を含んでいます。嫌悪感・不快感を覚える可能性がありますので、予めご容赦ください。】

どんな事案だったか

本件は、美容関係のウェブライターである原告が、エステティックサロンを営む被告会社や被告代表者に対して、

  1. 被告会社から約束の業務委託報酬を支払われていないとして令和元年8月分から10月分までの報酬金(38万2258円)の支払請求

  2. 被告会社の代表者から各種のセクハラ・パワハラを受けたことを理由とする、代表者個人に対する慰謝料等550万円の支払請求

  3. 当該セクハラにつき、被告会社が負う安全配慮義務違反を理由とする慰謝料等550万円(被告代表者との連帯責任)の支払請求

をしたという事案です。

裁判所は、被告らに対して報酬金38万2258円とセクハラ・パワハラに対する慰謝料等として150万円の支払を命じました。

裁判所が認定した事実

今回の事件で裁判所が認定した事実の概要は以下のとおりです。

  • 原告は平成7年生まれの女性。美容ライターコスメコンシェルジュと称して個人のホームページを開設していた。令和元年7月末時点の月収は約20万円弱。

  • 被告会社は、エステティックサロンの経営等を目的とする株式会社。

  • 被告代表者は、40歳前後の男性。被告会社の代表取締役。東京都中央区の店舗では自ら全ての顧客に対する施術を行っていた。

  • 平成31年3月9日、被告代表者、原告のホームページの問い合わせフォームから施術を体験した上で体験談や感想を執筆する仕事を依頼したい旨のメールを送信。

  • 平成31年3月20日、被告代表者、店舗において原告に対し、これまでの性体験や自慰行為等に関する質問。

  • 平成31年3月28日、被告代表者、店舗にて原告に対する1回目の施術。その際、原告に対して「無理矢理にでも裸になった方が施術の時にくすぐったく感じなくなる」などと述べて、バストを見せるように求める。

  • 平成31年4月14日、被告代表者、原告に対する2回目の施術。その際、原告のスマートフォンのカメラで原告の施術着姿(短パン又は紙パンツ)に着替えさせて、その姿を写真撮影する。同日、被告代表者、原告の執筆記事が分かりやすく、執筆の仕事に向いているとのメッセージを送る。

  • 平成31年4月28日、被告代表者、原告に対し、被告会社専属で毎日SEO対策のための記事を執筆し、被告会社に掲載することを提案。

  • 令和元年6月3日、被告代表者、トータル6回目の施術を行った際、個室のベッドに仰向けで寝ていた原告に対し、施術着を脱ぐよう指示して原告の陰部を触るなどする。

  • 令和元年6月4日、被告代表者、原告に対し、希望する勤務条件を教えてほしい、ウェブ運用責任者としてSEO対策を行って集客に繋がる被告会社ホームページを制作及び運用してもらいたい旨のメッセージを送信。これに対し、原告は月1日8時間・月20日働いて1か月19万円くらいとの報酬の希望を出す。被告代表者は、基本給を月15万円として業務委託を締結し、6か月は様子を見たいと回答。また、被告代表者は結果が出なければすぐに契約を終了させることもあるが、業務委託契約の期間を最長6か月とし、役員や正社員として採用する可能性もあるとも答える。

  • 令和元年6月17日、被告代表者、店舗にて原告と打合せをした際、原告と性交渉させてくれたら食事に連れて行くなどと述べる。この際、被告代表者は原告のキスを迫り、原告の腕を引っ張って立たせた上、原告の臀部に被告代表者の股間を押しつけるなどする。

  • 令和元年6月30日、原告、業務委託契約書の文案を作成し被告代表者にメール送信。被告代表者は交通費を自己負担とすること、報酬を税込み15万円とすることなどを指摘する。

  • 令和元年7月1日、原告、修正した業務委託契約書を被告代表者に提示。特に修正の指摘を受けず。ただし、最終的に契約書は作成されず。

  • 令和元年8月1日から31日まで、原告、SEO対策をしたコラム記事を1日1通執筆し、被告ホームページの改良、ツイッターやインスタグラム等への宣伝を行うなどする。

  • 令和元年8月31日、被告代表者、原告に対して契約を打ち切ると告げる。これに対し、原告、もう1か月様子を見てほしいと要請。被告代表者は9月に挽回するのであればきちんと成果を出せる仕事に集中してほしい旨を返信。

  • 令和元年9月4日、被告代表者、原告の仕事の質が低いことなどについて不満を述べる。また、このとき泣いた原告を抱擁してキスを迫り、原告を立たせて臀部に被告代表者の股間を押しつける。

  • 令和元年9月1日から30日まで、原告、被告会社のコラム記事(1日1記事)を執筆・掲載。

  • 令和元年10月21日、被告代表者、原告に対し、原告のスキルが低すぎるので契約は交わせないし報酬は要求しないでほしいとのメッセージを送信。これに対し、原告、これまでの作業の報酬請求と業務終了の通知。被告代表者もこれを了承。

  • 令和2年1月16日、原告、精神科でうつ状態と指摘される。

裁判所の判断

裁判所は以下のとおり述べて原告の報酬請求と慰謝料等150万円の支払を被告らに命じました。

業務委託契約に基づく報酬請求について

  • 原告と被告代表者は、令和元年6月以降、委託する業務の内容や報酬の金額について具体的なやり取りをし、その結果を踏まえた契約書案が作成されていた

  • 令和元年8月1日以降、原告は被告代表者の意向を確認しながら現にコラム記事の執筆などの業務を行っていた

  • そのため、本件では被告会社が原告に対して月額15万円の報酬を支払う旨の業務委託契約が成立していたと認められる。

  • したがって、原告は被告会社に対して令和元年8月から同年10月17日までの報酬として合計38万2258円を請求することができる。

ハラスメントについての被告代表者に対する慰謝料等の請求について

  • 被告代表者の一連の言動は、原告の性的自由を侵害するセクハラ行為に当たるとともに、業務委託契約に基づいて自らの指示の下に種々の業務を履行させながら、原告に対する報酬の支払を正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為に当たる。

  • 被告代表者のセクハラ・パワハラの態様は極めて悪質である。原告のうつ状態やその他の症状のために当分の間通院加療を要する旨の診断を受けたことなどの一切の事情を考慮すると、原告の慰謝料は140万円が相当。また、原告が負う弁護士費用のうち10万円も被告代表者のセクハラ・パワハラと相当因果関係のある損害に当たる。

被告会社の安全配慮義務違反について

  • 原告は、被告会社から同社のホームページの制作及び運用の業務を委託され、被告代表者の指示を仰ぎながらこれらの業務を遂行していたというのであり、実質的には被告会社の指揮監督の下で被告会社に労務を提供する立場にあったものと認められる

  • そのため、被告会社は、原告に対し、原告がその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていた。

  • 被告会社は、この義務に違反して原告に対するセクハラ・パワハラ被害を発生させたから原告に対する債務不履行責任に基づき被告代表者と連帯して慰謝料等150万円の支払義務を負う。

判決に対するコメント

結論や理由付けには賛成です。
もっとも、被告会社に対する責任追及に対しては他の法的構成もあるように感じました。

業務委託契約の成立を認めた点について

本件では、最終的には業務委託契約書が作成されていないにもかかわらず、原告と被告との間における月額15万円のウェブ対策契約が締結された旨が認定されています。

確かに、本件のような一定の役務を提供する契約は、民法上は準委任契約とされるところ、準委任契約は業務の委託と承諾の意思があれば成立するとされています。

その上で、本件では、原告と被告代表者の間では、受託する業務の内容をウェブ対策、報酬を月額15万円とすることにつきかなり明確な意向の共有ができていたといえます。

その上で、原告は令和元年8月以降、実際に被告会社に対してウェブ対策のサービスを提供しています。
そして、事業者である原告が、無償で自分のスキルを継続的に提供することは考えられません。

そうすると、原告としては、実際にウェブ対策のサービスを提供した時点で有料の業務委託契約が成立したと認識しているはずですし、被告会社側もそのことは当然に理解した上でサービスを受けていたと扱ってよいでしょう。

したがって、本件で原告と被告会社との間における業務委託契約の成立や、同契約に基づく報酬請求を認めた裁判所の理由付に違和感はありませんでした。

セクハラ・パワハラの認定

本件では交渉上弱い立場にあることに乗じて多数回にわたり明らかに性的な意味合いの言動をとっている以上、不法行為責任が成立するのは当然と考えます。

ただ、契約交渉上の優位な立場を利用して報酬支払を拒絶した点に違法性を認めた点は新鮮だと感じました。

これまでの裁判例の傾向ですと、報酬や賃金の不払いについては、いったん支払がなされれば慰謝料の請求は認められない傾向があります。

これに対して、今回の裁判所の判断によると、性的な意味合いを伴わない言動に対しても、優越的な地位を利用しての不当な報酬支払拒絶に対しては経済的なパワハラとして慰謝料を認めうるというという解釈ができそうです。

もっとも、今回の事例は「契約上の優越的な立場を利用したセクハラ」という文脈で、セクハラの一部としてのパワハラを認めたようにも読めます。

そうだとすると、優越的な地位を利用しての不当な報酬支払拒絶について、報酬支払とは別途に慰謝料を認めたと解釈するのは時期尚早かもしれません。

この点は、さらなる裁判例の集積を待つ必要がありそうです。

セクハラ・パワハラの損害額について

今回は慰謝料として140万円が認められました。
現在の裁判例の傾向からすると、セクハラの慰謝料は、意に反する性交渉の場合に最大で300万円、性交類似行為の場合で最大150万円から200万円という相場感覚なので決して、同種事例に比較すれば慰謝料額は高い方となります。

しかしながら、性被害がもたらす精神的苦痛の大きさや影響の長さを考慮すると、やはり現在の相場自体が低すぎるように思われます。

性被害については類型的に回復まで長期間が必要となるとして、交通事故の後遺症慰謝料(14級で110万円、12級で290万円など)を参考にもっと高額の慰謝料を認定してよいのではないかと考えます。

この点は、引き続き世論の高まりを待つ必要がありそうです。

安全配慮義務違反について

本件の原告と被告会社の法律関係は、労働契約ではなく業務委託契約(準委任契約)ですが、裁判所は被告会社の原告に対する安全配慮義務とその違反を認めました。

確かに、安全配慮義務は労働契約に限らず、取引等自社関係における信義誠実の原則(民法1条2項)に由来する義務です。

そのため、本件のような業務委託契約の場合にも安全配慮義務を認めること自体には問題ないと考えます。

もっとも、今回のケースでは、業務委託とはいうものの、被告会社が原告を事実上指揮命令していたという特徴を指摘して例外的に安全配慮義務を認めたと読むのが素直そうです。

そのため、業務遂行につき受託者側により自由度が高い事案の場合にまで一般的に安全配慮義務が認められるかは今後の課題といえそうです。

ところで、今回のケースですと被告代表者は、被告会社の広報・宣伝活動としてウェブ対策を原告に依頼し、その機会に乗じてハラスメント行為に及んだわけですから、「代表取締役・・・がその職務を行うについて第三者に加えた損害」として会社法350条を理由とする損害賠償請求も付加しておくという選択肢もあったように思われます。

今回の事件では会社法350条の適用は争点になりませんでしたが、その理由は、悪質なセクハラが「職務」として行われることがあり得るのだろうかという疑問があったからかもしれません。

ただ、会社法350条は職務を行う「について」発生させた場合に連帯責任が成立するとしています。

そして、この文言を素直に読むと、代表取締役としての職務それ自体だけではなく、その職務に密接に関連して行われた行為は会社法350条の責任が成立すると解釈できそうです。

その上で、今回のセクハラは被告会社の宣伝・広報という重要な業務に密接に関連し、それに乗じて行われたものであることから、会社法350条でも法的責任を問うことは可能なのかなと感じました。

最後に

以上、アムールほか事件を取り上げました。

今回の事案は、駆け出しのフリーランスを継続的取引という甘いニンジンで釣って意に反する性的接触を繰り返したというもので、裁判所も指摘するとおりハラスメント事案の中でも特に醜悪さが目立ちます。

それ以上に闇の深さを感じたのは、これほど悪質なセクハラを受けていたにもかかわらず、原告が、それでもなお受注獲得のため被告代表者との交渉を続けたという点です。

これが労働契約の労働者であれば、これほどのセクハラを受けたのであれば、自社のハラスメント窓口に通報して調査と再発防止も求められますし、加害者に対しては懲戒や配転という措置を講じることもできます。

また、セクハラによりうつ状態を発症したのであれば、労災保険を利用して療養と休業の補償を申請することもできます。

しかしながら、今の日本では「フリーランス=事業者=自己責任」となる以上、フリーランスに対するセクハラ被害を事前に防止することも、受けたセクハラの被害を後で回復することも極めて難しい状況にあります

本件は、そのような現在進行形で放置されている問題が一気に噴出した事例といえるでしょう。

今回の裁判例については、フリーランス保護への政策に反映させていただくとともに、フリーランスやその希望者に対してもリスク喚起を啓発していく材料になると感じた次第でした。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。


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