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2022年6月の記事一覧

【短編小説】腸詰奇譚 6話

【短編小説】腸詰奇譚 6話

夏の世の夢これが、私が乱歩先生と関わった、たった数日の出来事でございます。

その後私は良縁に恵まれまして、こうして地元にいて孫に囲まれているわけでございますが、まるであの日のことは一夜の夏の夢のように思われるのでございます。

……ですがね。

この歳になって、今更思うのです。

なぜあの手紙は、わざわざタイピングされて書かれていたのだろうか。

良美姉さんは別にタイピストだったわけではありませ

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【短編小説】腸詰奇譚 5話

【短編小説】腸詰奇譚 5話

女給の行方結局のところ、乱歩と丸山、定子の三人の奇妙な銀ブラにどんな意味があったのか計りかねたまま、定子は銀巴里で働き続けていた。何があったとしても生活はしなければならない。その後しばらく乱歩は銀巴里に姿を見せず、丸山もまるであの日の出来事が無かったかのように淡々とステージに立ち続けていた。

乱歩が再び銀巴里に姿を見せたのは、奇妙な銀ブラの日から三週間ほどたった日のことだった。今度は一人で銀巴里

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【短編小説】腸詰奇譚 4話

【短編小説】腸詰奇譚 4話

奇妙な銀ブラ 翌日の午後三時過ぎ。

晴海通りと銀座通りの交差点、今はPX(米軍の売店)となっている旧服部時計店前と設定した待ち合わせ場所に到着した乱歩の前には、定子と丸山が立っている。定子はともかく、まさか丸山が来ているとは乱歩は思いもしていなかった。

「丸山くん、君が来るとは思わなかったよ。店の方はいいのかね」

「あら先生、お給金は先生が立て替えてくれるのでなくて?」

「定子くんの分はそ

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【短編小説】腸詰奇譚 3話

【短編小説】腸詰奇譚 3話

銀巴里 その2丸山は定子の様子を見て、果敢にも彼女の前に立ちはだかって告げる。

「定ちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」

そう言う丸山の声も耳に入っていないのか、ぶるぶると震えたままで定子は乱歩に向かって話しかけた。

「ら、乱歩先生もそういう人なのですか」

「そういう人、とは何だね」

自分と定子との間に丸山がいるからなのか、それとも定子を刺激させまいとしてのことなのか、刃物を向けられている

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【短編小説】腸詰奇譚 2話

【短編小説】腸詰奇譚 2話

銀巴里その1
小林定子は銀座7丁目のシャンソン喫茶、『銀巴里』で働く女給だ。知人の伝手を頼って東北地方から親元を離れ一人出てきた彼女は、垢抜けないその仕草やそれを気にしない大らかさが周囲に好意的に受けとめられていた。

「ふふふ。定ちゃんは今日も元気そうね」

彼女は銀巴里のボーイでありスター歌手である丸山にも「定ちゃん」と気さくに呼ばれて可愛がられていた。

「あ、ありがとうございます。私なんて

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【短編小説】腸詰奇譚 1話

【短編小説】腸詰奇譚 1話

昭和XX年。夏の夜、銀座
あれはとても蒸し暑い夜のことでございました。

仕事の都合で遅い時間の帰宅となった私は銀座の大通りを足早に歩いておりました。

銀座の大通りといいましても、まだ戦後の復興のさなかでございます。

通りのあちこちに勝手に出ていた違法露店がつい先日一斉に撤去された所で、かえって夜の銀座は人通りも少なく、都会だというのに妙な静けさに包まれておりました。

だからでしょうか。ふと

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