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老優は語りゆく

和洋折衷のオシャレなレストラン。
そこの座敷に私は今、座っている。
目の前でにこやかに座る、白髪の老優に話を聞くためだ。
彼は、母が生まれた年から活躍している。いわゆる「大御所」の位置に君臨する役者だ。

インタビューをするなんて何年振りなんだろうか。
なんだか、無意識な無礼を働きそうで怖い。今はそれしか頭になかった。

心臓をバクバクさせながら、アイスブレイクを始める。
本来であれば、場の空気を和ませるために行うはずなのに、言葉を発するたびに身体がこわばっていくのを感じた。それに反比例して、口が止まらなくなっていった。

「―ということで、落ち着いた雰囲気のレストランを選んだ次第なんです」
「それはそれは…きっとお料理も素晴らしいでしょうね」

会話を取り繕う癖は昔から治らない。
それが原因で仕事を辞めたこともある。
インタビューだって、上手くやれた試しがない。

私は、この癖が嫌いだ。
無理に喋らなくていいのに、無駄な沈黙に攻められている感じがしてとても苦痛だった。
インタビュアーの仕事を避けていたのも、次の質問へ移る沈黙が嫌だった。
「答えになっていますか?」と言われようものなら、自分の言い方に問題があるのではないかと粗探しをする。
心の自傷行為をしないと、自分が自分でいられなくなるのだ。

インタビューの簡単な説明を終えて、本題に入る間際のこと。
「少しよろしいでしょうか」
老優は流れを止めて、私に話しかけた。

「あなた大変に緊張していらっしゃる。確かに僕はインタビューを受けるが―それ以前に、僕はあなたとのお喋りを非常に楽しみにしているんです。あなたの話はすごく面白い。まるで心がほぐれるようです。だから、あなたの問いかけで僕を楽しませてくれないか」

老優の眼差しは好奇心に満ちあふれていた。
取り繕っていると思っていたモノは、老優の台詞によって一気に脱ぎ捨てられた。

「はい…!」

私の口元は上がり出した。目もキュッと細くなる。まるで痙攣しているみたい。
途端にそれが楽しくなって、改めて本題に入った。

「まず最初の質問ですが、業界に入ったきっかけが―」
「あぁそれはね―」

老優と私のトークショーが幕を開けた。

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