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掌編小説【休日】

♯クリエイターフェス10/10のお題「♯休日のすごし方」

「休日」

「おとうさん、お腹すいた」
子どもが、少しうつむき加減で遠慮がちに言う。
「なにが食べたい?好きなものでいいよ」
「あたし…、オムライス!」
「そんなのでいいのかい?」
「うん!」
子どもが僕を見上げる。顔って本当に輝くのだなぁと思う。子どもの表情はわかりやすい。
そしてその顔がまた見たくて喜ばせたくなる。
子どもはスカートの裾をひるがえして僕の周りをぐるぐると回る。

日曜日の公園は親子連れでいっぱいだ。僕たちはすでに公園で二時間くらい遊んでいる。遊ぶと言ってもぶらぶら歩いたり、子どもがブランコに乗ったりすべり台をすべるのを見ているだけだが。それでも時間があっと言う間に経つことに僕は驚く。
「すべり台、十回もすべっちゃった」
「うん」
「学校だとね、男の子たちがドクセンしてるから、なかなかすべれないの」
「独占か。難しい言葉を知ってるなぁ」
「先生が教えてくれたの。そういうのはよくないって」
子どもが真剣に話す様子もかわいいものだ。僕が小学生の時も、女子は正義感が強かったことを思い出す。掃除をサボるのは男子。怒るのは女子。ダメなのはいつも男だ。

公園の近くの喫茶店に入り、オムライスを二つとオレンジュースとコーヒーを注文する。
「いいおとうさんね」
注文を取りに来たおばさんが、にこやかに子どもに声をかける。
「はい」
子どもは少し照れたように答える。
出来上がったオムライスは昔ながらの風情で、薄焼き卵できれいに巻かれ、ケチャップが乗っている。今どきのふわふわタイプが苦手な僕にはよかったが、子どもはどうだろう、と思った。
「わあ、私の好きな感じ」
子どもがうれしそうに言う。
「あら、うれしいわー。最近はふわふわのが人気だからねぇ」
おばさんもうれしそうに答える。
「僕もこういうのがいいんですよ」
「あらまぁ、親子だねー」
相好を崩したおばさんは、店が空いていることもあってかアイスクリームをサービスしてくれた。
アイスクリームをていねいにスプーンですくって口に入れ、頬を押さえてしあわせそうに笑う子どもの顔を見て、僕は胸が熱くなった。

それから商店街を一緒に歩き、子どもにちいさなマスコットを買ってやった。子どもが手に取ってしばらく眺めていたからだ。最近テレビでよく見る流行りのキャラクターだ。
子どもは最初は首を横に振って「だめなんだよ。モノは買っちゃ」と言っていたが、小さいからバレないよ、と私が何度か言うとようやく受け取った。
子どもはマスコットを右手に持ち、左手で僕と手をつないで歩いた。

間もなく日が暮れる。
僕たちは商店街のはずれにある小さな古い家に着いた。玄関を開けたらカレーの匂いがした。
「ただいまっ」
子どもが大きな声で言う。奥の部屋からおじいさんが出てくる。
「ああ、おかえり。ごくろうさん」
子どもは僕の方を振り返り、ぺこりと深くおじぎをした。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
僕がそう言うと、子どもは僕の顔をじっと見てもう一度おじぎをすると、家の中に駆け込んで行った。
僕はその背中を見送ってから、おじいさんに言った。
「いい休日がすごせました」
「回数券もあるよ、どうです?」
おじいさんが聞いた。

僕はまた商店街を通りすぎ、自分の家に帰った。玄関を開けたらカレーの匂いがした。
「おかえりなさい」
妻の声がする。
「仕事が早く終わったからカレー作っちゃった。食べてないわよね?」
「うん」
「今日も一日パチンコしてたの?もっといい休日のすごし方すればいいのに」
今日はとてもいい休日だったよ。僕は心の中で言う。
妻と結婚する時、子どもは作らないでおこうと話し合った。妻は仕事を愛していたから。そして僕はそんな妻を愛していたから。
しかし、『子ども貸します』、ネットで見つけたその文字に僕の目は釘付けになった。そして今日のひと時は僕をとても幸せな気持ちにしてくれたのだ。
カレーの匂いが鼻をくすぐる。子どもも今頃カレーを食べているのだろうか。
僕はポケットの中の回数券をそっと握りしめた。

おわり (2022/10 作)

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