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掌編小説【天職】

お題「陰キャ」

…このみじかい小説は、昨日公開した140文字小説【猫にひざ】の続きとも言えますが、そちらを読まれていなくても大丈夫です。
冒頭二行はまったく同じです。(*´ω`*)

【天職】

「明るく元気な方募集」そんな求人広告を見る度に僕は悲しくなる。
僕は暗いんだもの。
「おまえなんて来るな」そう言われている気がして応募さえできない。
しかしある日、求人情報誌の端の端の端の、そのまた端っこくらいに小さな広告を僕は見つけた。

『猫に膝を貸すような、陰キャな方を募集しています』

社名すらない。でもまるで僕へのメッセージだ。
実は少し前から、僕はふらりと現れた老猫に膝を貸している。お金をもらってるわけじゃないけど。
不思議な気持ちと好奇心を抑えられず応募メールを送ると、夜中にひっそりと返信があり、面接の日時と場所が、ごく簡潔に書かれていた。

面接場所は雑居ビルの地下にあり、入り口には小さな看板もかかっていた。
【合同会社きゃいん】
もしかして、「陰」「キャ」をひっくり返して、きゃいん?微妙なセンスである。でも僕を受け入れてくれる会社は、ここしかないかもしれない。僕はドアを叩いた。

【合同会社きゃいん】は派遣会社だった。世間から陰キャと呼ばれているような人を登録し、必要とする人々に派遣するそうだ。世の中にそんな需要があるのか。
僕は担当者に正直に伝えた。今は老猫に膝を貸しているだけなんです、こんな僕に依頼なんて来るでしょうか、と。
担当者は、ひと枝の雪柳みたいな風情の女性だった。
彼女は薄い茶を僕に勧めながら、小さな声でささやくように言った。
「あなたなら大丈夫です。派遣先はたくさんあります」
彼女はアイメイクをしていなかった。優しい下向きのまつ毛にホッとして、僕はうなずいた。

彼女の言った通り、僕の派遣先はたくさんあった。
しかし、バリバリと激しく働いている感じはない。派遣先では概ね『静かにしていること』を求められるからだ。
僕みたいな人間にかなりの需要があったことに、僕は驚いた。

例えば、こんなおじいさんがいる。
「少し眠りたいから、隣の部屋で静かにしていてくれるかな」
配偶者を亡くして不眠気味になったと言う。誰かがいないとよく眠れないらしい。試しに娘さんに来てもらったらよく眠れた。しかし毎日忙しい娘さんにお願いするわけにもいかない。
「微かに人がいる気配がするのがいいんじゃよ。死んだばあさんも物静かでな。あの気配が忘れられんのじゃ…」
僕はおじいさんが昼寝する間、隣の部屋で静かにしている。本をめくる程度の音が好みだというので、僕はゆっくりと本を読み、静かにページをめくる。しばらくすると安らかな寝息が隣の部屋から聴こえてくる…。

また、こんなおばさんがいる。
「あたしがしゃべってる間、黙って新聞を読んでいて」
僕は言われた通り、おばさんの斜め前で新聞を読み続ける。おばさんはしゃべり続ける。僕に向かって話しているような独り言のような不思議な話し方だ。断片的には近所の噂話や人の悪口みたいだが、僕の耳には記号の羅列のように聞こえる。
「あー、スッキリした!」
おばさんは二時間ほどもしゃべり続けて息を吐く。僕は話の内容には反応せず、静かに新聞をたたみ、おばさんが淹れてくれたコーヒーを飲む。
「うちの人が死んでから、グチが言える相手がいなくって。なにも言ってくれなくていいのよね。ただ聴いてくれたら。女友達はいちいち意見するからうるさくて…」

こんな若い女性もいた。
「横に寝転んで小指だけつないで、なにもしないでジッとしていて」
言われた通り、ベッドに仰向けに寝てジッとしている。不思議と変な気にはならない。女性は何も話さない。三時間余り、二人並んで天井を見ていた。
帰り際、彼女がポツリと言った。
「ただ黙って一緒に居てほしいだけなのに。それがわからない人が多すぎるのよ」

時には、お金持ちの子どもからも依頼がある。
「うるさい!」
「だまっててくれよ!」
「ぼくを放っておいてよ!」
「大っ嫌いだ!」
もちろん僕は最初から一言もしゃべっていない。でも彼はわめき続ける。カラオケボックスの中で。僕はできるだけ心を動かさないようにしているが、さすがに少し悲しい気持ちにもなる。
男の子が帰り際に言う。
「ごめんね。ほんとはお母さんや友だちに言いたいんだけどさ…」
僕は首を横に振って、彼の小さな肩にそっと手を置く。

僕はこの仕事を天職だと感じた。

【合同会社きゃいん】の雪柳は、実は社長兼事務員兼営業担当だった。要するに一人しかいなかったのだ。
「なかなか気が合う人がいなくって…」
彼女はそう言っていたが、僕とは気が合ったらしい。今では共同経営者となり、時々二人で薄い茶を淹れて静かに飲んでいる。まるで老夫婦みたいに。僕が膝を貸していた老猫も今は事務所に居て、時々彼女の膝も借りている。

僕が事務所に戻ると、彼女が猫の背中を優しくなでている。ただいまと言うと、うつむいたままの彼女の下向きのまつ毛がふるえる。
それを見るのが僕は好きだ。


おわり

(2023/4/22 作)

参考 ※雪柳(ユキヤナギ)ってこんな花


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