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フレンチで働く day3

以前、フレンチの仕事を準備メインで書いたが、お客様と業務のことを少し残しておく。


私の働いたフレンチは、ランチの一番安いコースでも2000円のもの。普通のカフェで1500円のランチ食べるのなら、オードブルとメイン、デザートでちょっと贅沢な気分を味わうならもってこいのコース。ご来店されるのは、何処かのご婦人がたがほとんどではあるが。

case 1 マダム

客層の一番を占めていたのは、30代〜60代までの女性。お着物を召された方もちらほらいたが、割と段差の多い店内で黒づくめのスタッフはボディガードの様にいつも脇に控えていた。料理に感動の声をいちいち上げてくれるので運びがいがあるのもこのお客様たち。

「まぁ〜美味しそう」

「このソースはどうやって作っているの?」

ぎくり。料理の詳細はマジで存じ上げないので、シェフに聞きに行く。このスタッフのゆるさもカジュアルフレンチだからなのか。きっと、私が必要最低限の業務内容しか覚えようとしなかったからだろう。わかりやすさ重視なので説明の品もないのは申し訳なかった。

「”フラン”は簡単にいうと、茶碗蒸しの様なものですね」

「”ラヴィオリ”はいわゆる餃子の様なお料理です」

はちゃめちゃにウェイター序盤の頃に

「”グリル”ってどういうことですか」

と聞かれた時はほんとに狼狽えた。

「えっと…や、焼くということですね」

ハッタリをかましてしまった。笑

しかし、後々ググってみると意味合いはそれっぽい感じだったので罪悪感は薄くなった。あまり質問はしないで頂きたいが、料理の写真もなければ運ばれた時の説明も皆無となると不安だろう。私だって質問したくなる。ていうか聞いたことない料理は結構シェフに質問してる。運が良ければ味見をさせてもらえる。鹿肉と羊肉を食べ比べることができたのも、マダムたちの質問のおかげかもしれない。メルシー。


case 2 ママ

フランス料理店のご近所にスナックがある。そこのママさんは定期的に訪れる常連の一人だった。見た目はとてつもなく若く、強く、美しくといった感じで、出来る女のオーラにいつも萎縮してしまっていた。女王に仕える下僕のようにせっせと料理を運び、金の装飾がされたカップを選んでコーヒーを注ぐ。冷たいものがダメらしく、いつもデザートのアイスは入らないと言われていた。

「ママは待つのが苦手だから早く運んでね」

シェフが最初にこんなことを言うから、ママが来ると背筋が伸びてしまう。マナーをしっかり勉強されているようで、相棒の女の子いわく、ナプキンを持参されていたりマナー本を読んでいたりしていたそうだ。経営者になる人の器みたいなものを感じる。血色の悪い私の顔(もともと青白い顔なんだけど)を見て、帰り際に

「しっかり食べるのよ」

と肩を叩かれたこともあった。どこまでもついていきます!となってしまいかねない、そんな女性がママだった。時々娘さんと思われる女性と一緒に来ることもあり、こちらの女性もほんとに綺麗だった。店の一番奥の席から、帰るためにドアへ向かうまでがランウェイかのように、長い足で颯爽と歩く姿がカッコイイ。


case 3 先生

最初は女性ばかりのお客様の中に、突如ご来店されるおじさんに3度見してしまったが、この方もお得意様である。いつも、散歩に来たみたいなカジュアルな服装にキャップを被っている。予約なしのランダム来店。ちなみに、お医者らしい。だから先生なのだと店を辞める少し前に教えてもらった。

「今日、席空いてる?」

居酒屋の暖簾を覗く様に、ガラス戸の隙間から顔を出す。

「奥のお席にどうぞ」

お一人様は大体奥のフロアで、グランドピアノの周りに置かれたテーブル席である。先生は箸を使うから、すぐにシルバーを回収して金属の箸を置く。決まって頼むのは2000円のコース。そして料理が来るたびに写真を撮り、スタッフにめちゃめちゃ話しかけてくる。

「学生さん?」

「この料理おいしかったよ。すごく」

後半は常に店にいるフリーターの私よりも、バイトで来てる1つ下の大学生たちの方が話がいがあるからか、ほとんど話はなかった。どうやら私は、先生を満足させる話のタネを持ち合わせてないらしい。つまらん人間ですみませんね、ほんと。


case 4 クリスマスのカップル

クリスマスにももちろん出勤していた訳だが、この日はほんとに出勤していて良かった。コロナ禍の日本で久々に海外のお客様をご案内したのだ。といっても在日の方だと思われるが、それでも嬉しかった。寒い中ドアを開けたのは、ブロンドヘアを綺麗に編み込んだ薄い瞳の女性だった。紛うことなき美人である。妖精かと思った。

「2名で」

彼女の後ろには日本人のおじさんがぬぼっと立っていたのだが、第一印象はエレカシの宮本。ボサっとした髪の毛に眼鏡。なんだこの奇妙な組み合わせは。と思ったのも束の間。流れるように彼女の上着を脱がせて、エスコートする宮本。レディーのために椅子まで引く。拍手。(心の中で)

それにしても、このレディーが見れば見るほど美しい。海の色みたいなブルーのニットに黒のスカート、踵の細いヒールを履いていたが、シェフの集めた抽象画を背景にピッタリ。写真が撮りたくなるほど彼女自体が絵になっていた。一体こんなド田舎のどこにこんな素敵なカップルがいたのか。宮本は帰りもお会計を先に済ませると、車を店先まで持ってきて彼女が階段を登るときは手を取っていた。人は見かけによらないのだ。聖なる夜に教訓を得た。

海外のお客様は特にそうだが、目が合うとニコッと笑ってくれる。とても自然に上がる口角が気持ちよくて、こちらも出来るだけサービスをしたくなる。


フランス料理店に来られるのは落ち着いた食事を楽しみにくる方々ばかりで、接客のしがいがあった。ワインを注いだり、サプライズをお手伝いしたり。とあるお一人で来られたお客様は

「いい香りがしたから寄ってみたの」

と言って、一つ一つの料理に感嘆の声をあげられていた。1週間も経たないうちに再来店された時は、彼女のお気に入りになったことが嬉しかった。


この店でささやかな食事の幸せを、たくさん垣間見ることができた様に思う。コロナで厳しい飲食業界だが、外食は素晴らしいなと改めて実感した。日常に少しの贅沢や彩を簡単にもたらしてくれる。バイトを辞める時、緊急事態宣言が都市部でまた出始めていた。

「がんばってね」

そう言ったシェフの顔はいつもより元気がなかったかもしれない。なんだか少しだけ切なくなってしまった。今度きっと食べに来よう。

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