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「小児の急性肝炎、欧米は異常事態、日本も同様か見極めが必要」

TONOZUKAです。


小児の急性肝炎、欧米は異常事態、日本も同様か見極めが必要

以下引用

欧米などを中心に、原因不明の小児の急性肝炎の可能性例が多発し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やアデノウイルス感染との関係が指摘されている。日本でも、複数の可能性例が報告されている。国内の状況や診療時のポイントなどについて、2022年6月1日、小児の肝臓専門医であり、筑波大学名誉教授で茨城県立こども病院名誉院長の須磨崎亮氏に聞いた。

これまでの経緯

 2021年秋以降、原因不明の小児の急性肝炎が、欧米などを中心に急増している(関連記事:「欧州を中心に小児の急性肝炎例の報告相次ぐ、日本でも疑い例が発生」)。世界保健機関(WHO)によれば、2022年5月26日までに、33カ国において650例の可能性例が見つかっており、99例が分類待ちの状況だ。国別でみると、英国で222例、米国で216例、日本で31例、スペインで29例、イタリアで27例の可能性例が報告されており、英国では11例、米国では15例、スペインでは5例未満、イタリアでは5例未満が肝移植に至っている(その後、6月9日までに日本の可能性例は47例に増えたが、肝移植例は0例)。

 欧州から報告された可能性例のうち、181例についてアデノウイルス検査が実施され、110例(60.8%)が陽性、188例についてSARS-CoV-2のPCR検査が行われ、23例(12.2%)が陽性だった。また、26例についてSARS-CoV-2に対する抗体を調べる血清学的検査が実施され、19例(73.1%)が陽性だった。なお、データが追跡できた63例のうち、53例(84.1%)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種を受けていなかった。

 現状、WHOの暫定的な症例定義(working case definition)は、以下の通り。(1)「確定例」は、現時点では定義されていない(N/A)、(2)「可能性例」の定義は、2021年10月1日以降、AST/ALTが500IU/Lを超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児で、A~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者、(3)「疫学的関連例」の定義は、可能性例の濃厚接触者で、急性肝炎を呈したあらゆる年齢の者で、A~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者──と定義されている。

 原因不明の小児の急性肝炎を対象とした治療薬の研究開発は、現時点では本格化していない。ただ、抗ウイルス薬の開発を手掛ける米NanoViricides社は、2022年5月、原因不明の小児の急性肝炎との関連が指摘されているアデノウイルス41型(F種)を標的とした抗ウイルス薬の創薬研究をスタートさせたと発表。比較的短期間のうちに、同社の化合物ライブラリーから、候補化合物が探索できるだろうとしている。

──A~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている、原因不明の小児の急性肝炎は、従来から国内でも報告があり、一部では肝移植に至る症例もあった。

須磨崎 小児においては、AST/ALTが500IU/Lを超える患者はあまり珍しくない。急性肝炎以外にも、様々な疾患でこの程度の肝機能障害を来すことがある。しかも、比較的元気そうで、ご飯も普通に食べているような場合もある。加えて、念頭に置いておきたい点は、小児の急性肝炎ではA~E型肝炎ウイルス以外の原因による場合が多いということだ。大規模な施設であれば、A~E型肝炎以外の小児の急性肝炎は、年間1~2例は経験するのではないだろうか。

 重要なのは、ベースラインを踏まえた上で、本当に原因不明の小児の急性肝炎が増えているのかを評価することだ。国内でベースラインとして参照できる統計の1つは、肝移植の症例数だ。日本肝移植学会が集計した過去30年程度のデータをみると、18歳未満の肝移植数は年間100例程度で推移している。国内では小児の脳死肝移植は極めて限られているため、大部分を占めるのは生体肝移植だ。そして、それを踏まえて小児の生体肝移植の原疾患を見てみると、胆道閉鎖症が大部分を占めている。ただ、急性肝不全も10%程度を占めており、そのうち80%以上が原因不明の症例だ。つまり従来から、原因不明の急性肝不全により、年間10例程度が生体肝移植を受けていたということだ。

 これまでに国内では、31例の可能性例(5月26日時点)が報告されているが、現状で肝移植に至った症例は0例、死亡例も0例であり、ベースラインと比べて増えているかどうかは慎重に検討する必要がある。前述の通り、従来から日本では、原因不明の小児急性肝不全で肝移植に至る重症例が一定数はいた。欧米では、そのベースラインを差し引いても肝移植の必要な症例が急増しているので、異常事態が起きているといえる。しかし果たして、日本で同じ現象が起きているといえるのか、小児の肝臓専門医としてはその見極めが重要だと考えている。少なくとも原因不明の急性肝不全による肝移植の症例は増えておらず、例年と変わっていない。決して慌てる状況ではないということだ。

──欧米に比べて、従来から日本では小児の脳死肝移植の症例数が極めて少ない。また、小児の肝移植が実施できる施設も限られている。そうした状況では、肝移植に至るまでの治療も、従来から欧米と日本とで異なっていたのか。

須磨崎 確かに日本では、脳死肝移植があまりできておらず、急性肝炎・肝不全の場合は急がなければならないので、ドナーの確保が難しいことが多い。かといってドナーとして両親からの生体肝移植は負担が極めて大きいため、できるだけ移植に至らないようにするべく、劇症肝不全や急性肝障害に対して欧米より積極的に内科的治療を施しているのが現状だ。十分なエビデンスが確立しているとは言い難いが、人工肝補助療法(血漿交換療法や血液浄化療法)やステロイド治療(ステロイドパルス含む)などが実施されている。

 原因不明の小児の劇症肝不全や急性肝障害の症例数は限られており、比較試験も実施しにくく、これらの治療が救命のため確実に役立っていることは証明できていないと思う。しかし、血液浄化療法で肝性昏睡から意識が戻ったり、ステロイド投与でAST/ALTが低下したりするなど、病態が改善する症例は少なくない。少なくとも現状、英国や米国では二百数十例の可能性例のうち、10%弱が肝移植を受けているが、国内では30例の可能性例のうち、肝移植は0例で、国内では移植例は増えていないと考えている。

──もう1つのベースラインとして、国内の小児の劇症肝不全や急性肝障害の症例数がある。日本小児肝臓研究会小児急性肝不全ワーキンググループでは、1995~2005年を対象期間として、国内の小児の劇症肝不全や急性肝障害の症例数について調査を実施し、2007年にその結果を公表した。

須磨崎 調査の結果、10年間に15歳以下の劇症肝不全や急性肝障害の重症型は135例登録されており、年間発症数は10~20例程度と、年ごとに大きな違いはない。そのうち、43%が原因不明の肝不全であり、代謝性疾患を除くと半数以上が原因不明であった。つまり、従来から日本では、原因不明の急性肝不全はそこそこ存在していたということだ。ただ、この調査における重症例の年齢分布をみると0~2歳が多い。今回日本で報告されている31例の可能性例(5月26日時点)の中央値は5歳なので、従来の重症例よりも年齢が若干高い可能性はある。

──現状、国内では慌てるような状況ではないということだが、もし、欧米のように肝移植の需要などが急増した場合、日本では対応できるのか。

須磨崎 欧米の状況をみると、今回の急性肝炎の症例は進行が早いようだ。もし日本で、血液浄化療法やステロイドパルスを施行しても移植せざるを得ない症例が増えてくると、かなり厳しい。脳死肝移植が実質的にできない中で、生体肝移植といっても、両親の同意や肝機能のチェックに数日かかることを考えると厳しい対応を迫られることになる。欧米同様のレベルで症例が増えても混乱が起きないような医療体制を準備しておく必要がある。

 そこで現在、肝移植が必要な症例が増えてきた場合にもスムーズに高度医療につなげられるように、小児の肝臓病専門医が中心になって、主治医向けの相談窓口(メール)を開設したいと考えている。さらに、原因不明の小児急性肝炎や急性肝不全の実態を明らかにするため、日本小児科学会や日本肝臓学会が中心となり、国立感染症研究所などとも協力しながら、 小児の急性肝炎に対応するオールジャパンの診療・研究体制を構築することが望ましいと考えている。

──原因不明の急性肝炎が疑われる小児患者を診療する際に気を付けるべきことは。

須磨崎 まずは、幅広い患者でAST/ALT値をチェックしてほしい。500IU/L以上であれば症例登録を検討する必要がある。また黄疸があるかどうか、総ビリルビン値が2mg/dL以上になっていないかもチェックしてほしい。総ビリルビン値 が4~5mg/dL以上にならないと黄疸は分からないことがある。加えて、プロトロンビン時間(PT)で蛋白合成障害があるかどうかをみることも重要だ。PTが60~70%以下に低下してきたら、専門医療機関に相談するなど、急いで対応する必要がある。

 一方、AST/ALT値が高くとも、上記の検査値に問題がなければ短期間で改善する症例も多い。逆に、ビタミンKを補充してもPTが40%以下になると急性肝不全のレベルであり、肝性脳症が出現していないかをチェックすることが重要だ。成人と異なり、小児の意識障害は分かりにくい。母親に「好きなビデオに関心を見せないなど子供の様子がいつもと違うか、ミルクや食事を欲しがるかどうか」といった質問をして、意識障害の有無を確かめながら、肝移植の可能な施設への転院を考えた方がいいだろう。

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