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黒髪セミロング眼鏡っ娘(第三話)

◎シリーズ#ブログアーカイブ第10回。
 2012年8月~10月、gooブログに9回にわたり投稿した『コンビニ社員時代に出会った20代女性スタッフの話』を再編集し、数回に分けて投稿します(完結まで毎日投稿の予定)。

◎各話リンク:第一話第二話→第三話(2237字)

 不思議だった
 入社してから5ヶ月ちょっとで
 それまで僕は
 何処にでも居る普通の陰キャで
 でも感じていた
 今までの自分じゃ
 普通の陰キャじゃ無くなる瞬間を


 ***


「ご乗車ありがとうございました、秋田駅東口です」

 2012年9月10日、午前9時。乗務員のアナウンスと共に僕は深夜バスを降りた。
 両親の要望により帰郷したが、あまり乗り気ではない。僕の家族は色々と崩壊しているからだ(※詳細は省く)。それでもモチベを保てる唯一の要素は「KSMへのお土産」だった。毎週月・水のT店でのヘルプ出勤を無難にコンプリート出来るのは他でも無い彼女のお陰。それが僕側の身勝手な都合により10日月曜のヘルプを休まざるを得なくなったのだ。お礼とお詫びをお土産に代えて彼女に渡す事で、お金も時間も浪費する無駄に等しい帰郷に意味を見出したかった。

 問題は何をお土産にするか。駅ビルの物産フロアを散策しながら考えた。秋田のお土産の代名詞と言えば「金萬」だが、それではベタすぎる。他にはきりたんぽ、稲庭うどん、横手やきそば等の販売店が軒を連ねるが、何も食べ物に固執する必要はない。消えて無くなるものではなく永遠に残るものにしたい。ならば、なまはげの携帯ストラップはどうか。それもお土産としてのインパクトは弱い。そもそもスマートフォンの普及でストラップは衰退しつつある。

ちなみに「金萬」はこれ(公式サイトより)

 実は最初から目星を付けていた。前日の東京駅で手に取った秋田の観光案内パンフレットに記載されていたガラス工房のお店を見て、吹きガラスのコップにしようと決めた。一つ一つが職人の手作りであるが故に全く同じものを量産できない、いわば世界に一つだけのコップ。特別なお土産にしたい僕の希望に沿う最たるものだと思った。

参考画像(『GLASS STUDIO VETRO』公式サイトより)

 問題はお店までの道のりが長いという事だった。本数の少ないバスを乗り継ぎ、降りてからも3kmもの距離を歩かねばならない。帰りのバス時間も迫っており、途中から走り始めた。フルマラソンの14分の1に過ぎない距離でも、学生時代に体育祭で走った1,500mですら息を切らしていた僕にとっては苦痛だった。前日、職場から東京駅へ直行し深夜バスに乗って秋田に来た僕は通勤服であるワイシャツとスラックスを身にまとい、ビジネスバッグを持ったままだった。もちろん革靴。それでも走るしかなかった。全ては世界に一つだけのコップの為に、KSMへのお土産の為に。

 左には木々しか無く、右には収穫間近の稲たちが生い茂るだけの民家一つ無い232号線。何故僕は今、こんな田舎道を走っているのだろうか。何が僕をここまで動かしているのか。

――笑顔――

 やはり行き着く先はその2文字だった。ヘルプ出勤の時も、KSMを笑顔にする事が彼女の期待を越える事だと信じていた。今も同じだ。全ては彼女を笑顔にする為。金萬や携帯ストラップなら駅ビルですぐに買える。だが僕はKSMをその程度の存在だとは思いたくなかった。オンリーワンのコップを求め、ナンバーワンの想いで走り続けた。そして20分後。

《ガラス工房◎◎ 左折》

 案内板を発見。目的地は目と鼻の先だった。案内板の指示通り脇道に入ると、今度は左右共に木々しか見えない。笑う両膝を懸命に動かす事5分。

「やっと……着いた」

 まるで秘境のジャングルを探検し巨大な蛇でも見つけたような感覚だった。その店は、左にショップ、右に吹きガラスの体験も出来る工房があった。今は体験などどうでもいい。帰りのバスの時間も迫っている為、急いで左の扉を開けようとしたその時だった。

《ショップは土日・祝日のみの営業です》

 扉の横に貼り紙。工房での作業に集中する為、平日はショップを閉めていたのだ。僕は店員に無理を言ってショップを開けて頂いた(※良い子は真似をしないで下さい。筆者自身も反省しています)。

 こうして何人かに迷惑をかけてまで手に入れた3,000円の吹きガラスのコップは、高さ10センチ程の円柱型で、白っぽい半透明の下地に筆で一点一点描いたような水玉の模様。手作りの温もりが溢れる至高の一品だった。

 他の社員へのお土産用にオリーブオイルの石鹸3個も併せて購入し、総額4,260円。予算を大幅にオーバーしてしまった。ギフト用のラッピングも丁寧にして頂き、結果的にバスには乗り遅れ、急遽タクシーを手配し約2,000円の出費が余計にかさんだ。だが後悔はしていない。KSMの笑顔の為なのだから。

 ***

 2日後、僕は配属店舗のK店で仕事を終えると、KSMの居るT店に直行した。

「秋田のお土産で、りんごもちっていうお菓子を持ってきたので食べて下さい。あと店長とマネージャーには個別のお土産があるんですけど、実はKSMさんにも、フィギュアのお返しがまだだったので用意しました。全部事務所に置いてあるのでお持ち帰り下さい」

「ありがとうございます。別にお返しなんて要らなかったのに(笑)」

 ついにKSMの笑顔を見る事が出来た。実は先日、KSMが“一番くじ”で当てたフィギュアを僕が引き取っていたのだ。お土産を渡す口実には最適だった。店長には携帯ストラップ(525円)、マネージャーには石鹸(420円)、そしてKSMには吹きガラスのコップ(3,000円)。金額に差はあれど、3人にお土産を用意し、全て違う物にした事で上手い具合にカムフラージュも出来た。

「予定では来週の月曜にまたヘルプで来る予定なので、よろしくお願いします」

「ハイ、こちらこそよろしくお願いします」

 僕を絶望に突き落としたのは、その僅か3日後だった。

(つづく)


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