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幸せのカタチ
※創作掌編(1300字)。『#ほろ酔い文学』参加作品。
胸から足元までAの字型に覆い尽くす白という白。
「着付けが終了しました。いかがでしょうか」
女性スタッフの問い。僕は口よりも先に目から一滴零れ落ち、何も発せられない。
「とても綺麗です。それ以上の言葉はありません」
横に居る香奈の父が代わりに答えてくれた。
「ンフフ、ペチコートのお陰で歩きやすい」
身に纏っている当の本人は、ドレスの美しさそっちのけで機能性のコメントをする、いつもの香奈だった。
「すみません、ちょっと外します」
居ても立っても居られなくなった僕は、トイレに入った。洗面所の鏡には、先程の比ではない悔し涙にまみれたボロボロの顔が映っていた。
「気にしていないと言っているだろう」
程なくして香奈の父が現れた。
「だって、これでもう終わりなんですよ。挙式も披露宴も挙げられないなんて、僕は良いですけど香奈さんの気持ちは……」
ここは桜木町の写真スタジオ。香奈のドレス姿は撮影が終われば見納めになってしまう。式の費用を捻出できず、写真撮影だけという結論に至った。自分の収入の低さを悔やんでも悔やみきれない。
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
まだヘアメイクなどで1時間弱は要することを知っていた香奈の父は、僕を駅の反対側に誘った。2月の冷たい風が虚無感を加速させる。
「みなとみらいのある東口とは対照的に、西口の野毛というところは、昭和からやっている居酒屋が多いんだよ」
「……知らなかったです、良いところですね」
昼でも開いているレトロな雰囲気の立ち飲み屋の暖簾をくぐった。30分しか居られない暗黙のルールがあるのだという。
「おやっさーん、升酒2つといつものやつ!」
「えっ、まだ撮影前ですよ?」
「一杯くらい良いだろう。リラックス、リラックス」
カウンターにはグラスの入った升が2つ置かれ、店のおやじの手によって清酒が並々と注がれる。
「はいお待ちどお、クリームシチュー!」
香奈の父が毎回食べるというこの店のオススメは意外にも洋食だった。
「まあ食べなさい。ここのは格別だから」
言われるがままにスプーン一杯を喉に通す。まろやかさが有りつつも少し濃厚で和風っぽい味。身体中に温もりが染みわたる。
「まだ香奈が産まれる前、私と妻は良く喧嘩していてね。その度に逃げるようにこの店に入っては一人やけ酒をしていた。そしたらある時『サービスです!』っておやじがこのシチューを出してくれて、『白味噌とチェダーチーズが隠し味ですよ』ってこっそり教えてくれた。すぐ家に帰ってシチューを作って妻に食べさせたら……もう言うまでもないよね」
「……良い話ですね」
「君も、料理は得意と言っていたね。レシピ、教えようか?」
「……ハイ、お願いします!」
2人はスタジオに戻り、僕は急いでタキシードに着替えた。
「蝶ネクタイ付けているの初めて見た。格好良いね」
そのあどけない笑顔を守り続ける為にも、僕はもう泣かないと決めた。
「夕食はクリームシチューにしよう。白味噌とチェダーチーズも買わないと」
「もう、いつも女子みたいなんだから」
撮影後、2人だけの帰り道。普段通りの会話。何てことの無い日常を維持するだけで今は精一杯だけど、それも一つの幸せの形なのかもしれない。
(Fin.)
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