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いい歳したおっさんにもオススメしたいライトノベルの話 第一回:錆喰いビスコ

 ライトノベルを読もう。 

 と、あらためて決心したのは最近のこと。誤解を恐れずに告白すると三十代の半ばに差しかかったせいか、ついに『ラノベ読むのキツイ』病が発症してしまったのである。

 だが、心配は無用だった。一口にライトノベルといっても様々で、中には若者から大人まで、果てには性別さえ問わず読者を魅了する、懐の広い作品が存在する。若いころに読めばもちろん、おっさんになってから読めばさらに楽しめる、そんな作品だって探せばちゃんとあるのだから。というわけで、まさに厄介なオタクのおっさんと化しつつある私が読んで面白かったライトノベルの感想を、創作メモ代わりにつらつらと書き記しておこうと思う。

 邪道の皮をかぶったド直球の王道、斬新な読み味のオールドスタイル。今だからこそ恥ずかしげもなく語りたい、錆喰いビスコの魅力。

 例によって前置きが長くなったが……要するに『おっさんが読んでも面白いラノベ』という趣旨なので、まずは今もっともホットなシリーズである本作について語るべきだろう。なにせ帯には堂々と『このラノ史上初、総合・新作ダブル一位』の文字。しかも天下の電撃大賞〈銀賞〉受賞作。日陰者である私などはその権威を前にすると、うっかり舌打ちしそうになるレベル。とはいえ読んでみれば確かにぐうの音も出ないほど面白い。これだけ支持されている作品ならばすでに語り尽くされているはずだし、今さらあえてお勧めする意義は薄いとは思う。しかしそれはそれとしてオタクなので空気を読まず早口で語ることにする。では、ざっと作品の紹介から。

 あらゆるものを錆びつかせる〈錆び風〉によって、既存の文明が荒廃してしまった未来の日本。主人公のビスコはライトノベルではわりと珍しい弓の使い手(パッと思いつくのは魔弾の王くらいか?)で、そのうえ矢が着弾すると様々なキノコが生える「キノコ守り」の少年、という設定。ビスコは育ての親にして師であるジャビを錆から救うため、特効薬的な伝説のキノコ〈錆び喰い〉を探して旅をしている。

 ジャンルとしては終末SF系の冒険もの。矢を射ってキノコを生やして戦うと書くと突飛な印象こそ受けるものの、いわば武器の追加効果でオブジェクトを作ったり状態異常を発生させるゲーム的な能力だ。著者の略歴を見れば元ゲーム会社勤務とのことでなるほど納得。作中においてもビスコを操作して遊んだら楽しそうなステージが目白押しで登場するため、ゲーム系の小説が好きな人ならきっと興奮するはずだ。敵キャラもエスカルゴ型の爆撃戦闘機(しかも巨大なカタツムリを改造した生物兵器だ!この時点でテンション上がる)を筆頭に、寺を背負ったヤドカリだのゆるキャラのマスクかぶった黒服集団だのいちいち映像にしたらインパクトありそうな連中が並ぶ。終末SF系の作品として見た場合、科学考証的な要素はあまり意識していないというか、どちらかというと「そんなの関係ねえ!これが俺の宇宙だ!」的なテイストなのでそこら辺を期待するとアレではあるものの、エスカルゴ型の爆撃機について長々と説得力のある設定が羅列されても喜ぶ読者は少なさそうなのでやはり勢いで突っ走ったほうが面白いだろう(それはそれで個人的には読んでみたい気もするが)

 とまあそんなわけで、あらすじだけ読むと相当ピーキーなやつかな?と尻込みしてしまうものの……読み味としては王道も王道、どちらかというと気恥ずかしさを覚えかねないくらいの少年ジャ○プ的冒険活劇、下手すれば古臭くなりかねないド直球な勧善懲悪ストーリーを、著者の卓越したセンスでオリジナリティ溢れる作品に昇華しているのである。王道で悪いか? いや、暑苦しいくらいの王道だからこそおっさんの心に刺さる!

 もちろん、突飛な設定で王道を書くというのは簡単な話ではない。まず読んでいて感じるのは描写に割く文章のバランスのよさ、そして世界観を提示する順番の的確さである。そう、話運びがとにかく丁寧なのである。

 錆喰いビスコの場合とにかく独自の設定が多いので、読者がすんなり入り込めるように逐一説明しなければならない。しかし説明の羅列というのは基本的に読んでいて退屈なことが多く『話を進めるうえで必要、ただし長々と書かず端的に示す』という難事に直面する。本作の場合はさきほど述べたように科学考証的な説得力は潔くぶん投げて「こいつはエスカルゴ型爆撃機!これこれこういう兵器!」とわずか数行で描写し、そのうえ敵メカの説明にさりげなく世界観の提示を絡めておりノイズがすくない。説明や描写に無駄がないというのは普通に読んでいると気づきにくいものの、読者に対する気配りの積み重ねが軽妙なテンポのバトルシーンを支えているわけだ。理屈っぽいSFオタクが書くとこうはならない。すまん、私が間違っていた。

 話運びの丁寧さはシーン単位だけでなく、作品の根幹をなす大筋についても言える。実のところ本作の主人公はビスコだけではない。猫柳ミロというキャラクターをもうひとりの主人公とした、バディもの小説とも言えるのだ。

 ざっと分析していくと『最初から最強のビスコが、特効薬を求めて冒険する』メインプロットと『頼りない医者であるミロが、ビスコと出会うことで成長していく』サブプロットにわかれており、両者の『大切な人を救うために戦う』という共通する目的を軸にストーリーが進み、お互いがお互いを支えあう相棒となることで、盛りあがりが最高潮を迎えカタルシスを得る、という構造。これまた王道といえば王道なのだが、ベタになりかねないぶんうまくやるのは相当に難しい。まずビスコとミロの両方のキャラが立っていないと成り立たないし、ともすればわかりやすい『強さ』という魅力をもったビスコにミロのキャラが食われかねない。とはいえその辺りもぬかりなく、ミロがけっこういい味を出しているというかいい性格をしているというか、実は女性経験が豊富だとかでビスコをやりこめる場面も多く、ほどよく相手の足りない部分を補っている印象。エンタメ的に見てもオイシイ。油断すると「男キャラだけどいいかな?」という気分になる。なにが?

 もちろんライトノベルなので女性キャラも登場する。ミロの姉である脳筋鈍器肉食系女子のパウー、敵か味方か峰不○子系ピンク髪ガールのチロルなど、男女問わず人気出そうな性格でいちいち隙がない。ミロで新世界の扉が開きそうだけどやっぱチロルが一番ぺろぺろしたいな、続刊にはドスケベな挿絵ありますか? という気分にもなる。だからなにが?

 書いているうちに少々錯乱してしまったが、さすがはこのラノ一位!と言うべきか『錆喰いビスコ』は世界観の設定、ストーリー、キャラのどれも隙なく無駄なく丁寧で、かつオリジナリティとエンタメ的強度を併せ持った質の高い作品と言える。なにより「俺はこれが好きだ!」というのがビンビンに伝わってくるのがいい。もうなに書いたらいいのかわかんねえっす……とついこの前まで死んだ魚の目になっていた私のような人間からすると眩しいくらいに。

 そうだ、こういう物語を書きたい。もちろんそれは錆喰いビスコをインスパイアした作品という意味ではなく、読者に対する丁寧さ、もっと言えば誠実さをもったうえで、かつ「俺はこれが好きだ!」というのが読んでいて伝わってくるような作品だ。錆喰いビスコを読んで私はやる気と、そして勇気をもらった。それは厳しい今の時代を生きるおっさんにとって、もっとも価値ある読書体験であるはずだ。

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