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世界一ポジティブな母の話-LAST‐


いつも正直だった母

私は会社員を15年経験していますので、「思っていもいないこと」を言ったことはたくさんあります。
それは時に争いを避けるため、そして保身のため。
誰かを貶めるような嘘をついたことはありませんが、常に正直に生きるというのは、難しいことだと考えています。

ただ、音楽講師として子どもと接するとき、私は絶対に嘘をつきません。
それは教えるうえで一番気を付けていることであり、母から学んだことでもあります。

どんな風に正直だったのか


正直母のエピソード①「的確な意見をズバッと言う」

具体的なエピソードです。
中学2年生のとき、発表会でJ.S.バッハ作曲バイオリン協奏曲イ短調第1楽章を演奏しました。バッハらしい均整のとれた美しい曲で、和声学的に無駄な音がひとつもありません。シンプル=難しい曲の典型的パターンです。
自分なりに練習していたものの、今考えれば練習の量も質も足りなかったと思います。その結果は「大きなミスはしていないけれど、何だか不完全燃焼」でした。

努力は裏切りません

これは、「努力した分以上の結果は出ない」という意味です。
※努力しても必ず(自分が望む方向で)物事が叶うとも限りませんが。

楽屋でドレスから普段服に着替え、母と落ち合った時の第一声がコチラ

【どうしたの、冴えない演奏だった。貴方らしくない音出してたし】

ドストレート、ど真ん中、直球・・・
しかも怒っているわけではなく、素直な感想として言っているので、余計グサッとくるんですよねぇ(笑)

私は図星ですから、ぐうの音もでず、「次回こそ!」と意気込むのでした。

正直母のエピソード②「嬉しい報告には全力で喜ぶ」

①は辛辣エピソードでしたが、こちらは嬉しいエピソードです。

中学3年生になるまで、私は地元の普通科高校に行くつもりでした。
その高校は偏差値が高く、県内でトップレベル。姉もその高校に行っていたこともあり、合格に向けて勉強も頑張っていました。

私は文系は得意なのですが、理系に苦手意識があり、特に数学が本当に苦手で、総合点を下げる教科でした。
でも進学校を受験するのに「苦手」な科目があるのは致命的。
せめて、「苦手」ではなく「普通」にしようと、一定期間毎日30分、数学の問題をひたすら解くという試みをし、定期考査に臨みました。

そうすると、なんと満点!!!
しかも学年平均は70点ほど。満点は私ひとりだけという、「努力が報われた」瞬間です。

(こういうことを経験すると「努力」が好きになりますよね(^^♪)

帰宅後、母に返却された解答用紙と併せて報告したところ・・・
飛び跳ねて喜んでくれました(笑)

「すご!頑張っていたものね。よかった!今夜はごちそうにしよう!!」

まず、母はテストの点数が悪い時は何も言いません。
いい意味で興味がないのだと思います。
「子どもがしたいことをすればいい。勉強をしなかったツケが来ることを知っているのであれば、勉強をしないというのも反対しない」
そんなスタンスでした。

すんごく無邪気な顔で、跳ねて喜ぶ母。
そこに「お世辞感」「わざとらしさ」がないのが伝わるので、子供心に嬉しくて「また頑張ろう★」と思えたのです。

正直エピソードの共通点

あえて、真反対のエピソードを載せましたが、共通点があります。

どちらも、母の言葉を受けて私がやる気になっているのです。

そういう計算をする母ではありませんので、母は生来、無邪気かつ正直。
それが私の性格と良い化学反応を起こし、私は能動的に次へとチャレンジをしていく。

母から将来の口出しをされたことは一度もない

バイオリンをしていると、よく言われる言葉3選
1、「すごいね」
2、「お嬢様orお金持ちだね」
3、「英才教育?」

1は嬉しいのですが、2と3は私に関しては当てはまりません。
貧困ではなかったですが、少なくともお金持ちではないです。
お金があればストレートで音大に行っていましたし、奨学金も借りません。

そして、3は母も嫌うワードです。
母は私たち兄妹の「人生に介入」したことはありません。

兄妹それぞれ、習い事をしましたが、どれも自分たちが「やりたい」と言い出したこと。将来の夢や目標も、子どもから相談することはあっても、「どうするの?」とか「こうしたら?」なんて言われたことは皆無。

ただ、音楽高校のバイオリン専攻同期生のほとんどが「親から言われて習い始めた」「親の意向で音楽高校に来た」子でした。
その事実を知ったとき、ある意味真反対軸にいる自分は驚いたものです。

結果、子どもたちは「自分で意思決定できている」と感じる

爆笑エピソードをひとつ。
先日母に「子どもの職業に「これに就いてほしいな」とかなかったの」と聞いたところ、「無いよ、無い」と即答した後、母はこう言いました。

「今、思いついたんだけどさ、医者・弁護士・美容師かな、へへへ」

これは、完全に自分の生活のための職業ですやんwwと思いました。
もちろん冗談ですので、母は子どもの人生に介入しない、そして母も自分の人生を楽しんで生きている、それが母です。
※我が家はお金持ちじゃないのにどうやって医者と弁護士になるんだ、と私がツッコむと「ははは~」と笑ってましたwww

正直であることの大切さ

人に教える立場にあるなら、相手に嘘をつかない

私が初めて「先生」になったとき、母にアドバイスを求めました。
末っ子ですし、小さな子どもと関わったことがない私にとって、子どもにバイオリンを教えるというのは想定外の事態かつ、想像もつきませんでした。

「子どもと接するうえで気を付けていたこととかある?」
と、私が聞くと光の速度で答えが返ってきました。

【嘘をつかない】

母曰く、子どもを子ども扱いして、その場しのぎの嘘をついたり、約束を守らなかったりすると、信用されないし心を開いてくれるわけがない

思い返せば、上述したように母は嘘をつきません。
約束も破られた覚えがありません。
母が余命宣告をされたときも「大丈夫よ、10年後も生きてみせるからね」と言って、現時点で20年以上生きてくれています。
(もちろんこれは、たくさんの幸運が重なったのもあります)

子どもは約束を破られると「約束は守らなくて良いもの」として学習します。嘘をつくと「本当のことなんてどうでもいい」と思ってしまう可能性があります。

関わった大人の言動を、子どもはそのまま吸収するのです。

私の実践例

例えば生徒に質問をされたとします。
ほとんどの質問にはきちんと答えられますし、答えられるよう、今でも音楽学のスキリングは日課です。

しかし、時に子どもは「なるほど、そういう考え方もあるんだ」という観点から質問をしてくれます。
これは非常にありがたいことです(勉強不足なのは申し訳ないのですが)。

私が子ども時代に疑問に感じなかったことを指摘してくれるので、先生の立場にあっても学びが多いのです。

そして、私は素直に答えます。
「今、先生はきちんとした答えを教えてあげられないけれど、次回は必ず答えるから待ってくれるかな?」

教える立場にある者が知ったかぶりをするのは、一番の悪手です。
誤った見解を伝えることは、生徒の未来に悪い影響しか与えませんし、知ったかぶりは、見抜かれます。

ですから、わからないことは「わからない」と答えることで、生徒にも「わからないことはわからないと言っていい」と思ってほしい。これがまず第一

そしてもう一つ
当たり前ですが、必ず次回レッスンの時にきちんとした答えを教えること

これを一回でも忘れた場合「この先生は約束を守らない」と感じるでしょうし、そんな先生から良い学びなど得られないと、私だったら思います。

常に正直で居るのは大変

私はせめて、音楽講師としての自分でいる時は「嘘をつかない」を貫いています。教えて20年以上経ちますが、今でも大変だと感じています。

誰かに誠実に接するということは、自分自身に対しても誠実でいなければならないと思うからです。

実は私は、自己犠牲の果てに「うつ病」を発症し、今も共存しています。
これは、自分自身の気持ちに蓋をして、会社員として生きていた時に発症しました。「私の道は音楽にある」とわかっているのに、音楽界に職業音楽家として飛び込むのが怖くて逃げた結果、体にストライキされました。

半面、母は大病を患っていますが、精神的に落ちている瞬間を見たことがありません。落ち込むことはあっても、それすら素直に私たちに言ってくれるんです。「具合が悪いから怖いわ~」と。
一人で抱え込まない、というのが、自分自身に誠実でいることの一歩なのだと、私も膠原病がわかってから、ようやく気付きました。

これからも人に、自分に正直でいたい

膠原病で失ったものはたくさんあります。
ですが、得たものの方が多いように思います。

誰かに対して正直に生きるのは大切だけど、本当の意味での正直さとは自分自身にも嘘をつかないことなのだと思います。
「つらい」「いたい」「かなしい」
「うれしい」「しあわせ」
どんな感情も、大切な人には伝えていきたいと思います。

ていうか、日頃伝えていないと、絶対に爆発して喧嘩になったり、取り返しのつかないことを言ったりしてしまうと思います(-"-)

簡単に嘘が作れる社会

惑わされない

母は自分の目で確かめたこと、そして心から信頼している人の言葉を信じます。ネットで流れていることや、事実かどうかもわからない噂話は興味を示しません。
常に「自分」を保ち、でもそれを誰かに押し付けない。
惑わされない母は強く、カッコイイと思います。

もっと自由に生きていい

これは母から言われた言葉です。
「あなたは生真面目だから、ピーンと張りつめているように見える。正直に生きることと、自由に生きることは実は同じ線上にあるのよ」

この言葉がひとつの要因となり、私は職業音楽家の道に踏み込みました。
踏み込む前は不安しかなかったですし、お金の計算ばかりしていました。

すごく稼げているわけではありませんが、会社員時代よりも余程自由に生きていますし、周囲からも「良い意味で変わったね。楽しそう」と言われることが多くなりました。

母すごエピソードはいったん区切り

さて、何だか収集がつかなくなってきました(笑)
友人が言っていたことを思い出します。

「Michikaのお母さんの人生って、朝ドラレベル」

両親を早くに亡くし
夫が刑事事件で亡くなり
それでも恨み言ひとつ言わず(思ってもいなかったとのこと)
3人の子どもに大きな愛とたくさんの教えを授けてくれた母

余命宣告が無くなったわけではありません。
時限爆弾のように今も病気を抱えています。
そして、私も国に数百人しかいない希少疾患を抱えたことで、母のすごさを何度も何度も再認識しています。

裕福な家庭ではありませんでした
今も奨学金返済をしています(繰り上げ返済するぞ!という意気込み)
父を知らずに育ちましたが、こんなに満たされている人生で本当に幸せです

命は有限です
だからこそ、人は頑張れます
これからも、自分の時間、家族との時間、音楽と向き合う時間、すべて大切にしながら、母のようにしなやかに生きていきたいと思います。


皆さまに御礼申し上げます

記事を読んでくださっている方、「スキ」をしてくださっている方、フォローしてくださっている方、本当にありがとうございます。
忙しくて執筆以外に気が回らない状況です、申し訳ございません。
今は毎日記事やつぶやきをアップすることにフォーカスしております。
もう少し落ち着いたところで、皆様のお部屋にもご挨拶に行きたいなと思っていますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。

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