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自転しながら公転する

 読みました。寝る前に読むと止められなくなるから、休日の朝起きてすぐとか昼間に。面白かったです。とても。

 私は山本文緒さんの前作「なぎさ」がとても好きで、図書館で読んだときそれが彼女の最新作であることを知って「山本文緒は最新作が1番おもしろいんだ!!」と感動したことを覚えています。

 私が彼女の作品を読むようになったのは、数年前にあるラジオで朗読されたものを聴いたことがきっかけです。私は彼女のことや彼女の作品のことを知れてよかったと思っています。人生の充実度が増しました。じっくりと煮込んでいくように。

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 さて、こちらの作品「自転しながら公転する」。

 ネタバレのようなことは意識してやっていこうとは思わないけれど、もう発売されたからしばらく経っているし、あんまり何も考えずに書いていこうかと思いますので、よろしくお願いします。

 文章は相変らず読みやすく、難しい言葉を使わずに難しい心情を描いています。読者を信頼して説明しすぎない余白のようなものを残してくれるので、そこを各々が埋めていく感じ。私も私らしく埋めて読んでいきました。こういうのがですね、私は大好きなんですよ…!!

 エピローグで私は「そういうことだったのか…」と口に出してしまったところがあったのですが(もう読んだ方、そうではなかったですか?)、私はすっかり入り込んで読んでいたんですね。

 「なぎさ」は私にとって希望であり理想でした。物語の展開としても、作中の夫婦の関係にしても。最後に実家に行くところなんかはもう単行本を握りしめて祈ってさえいましたし、そこで起こった全てのことは私にとってのお守りみたいなものです。

 苦しいところを歩いてきたそれぞれがそこから進んで出ていくところを見ているようで、ある種の爽快感がありました。扉を開けて新しい世界に飛び出していくような、向かいから気持ちのいい、少しだけ冷たい新鮮な風が舞い込んでくるような。

 新しい小説というか、価値観や人生観の転換を見た気がして興奮しました。

 「そう、そうだよ!それでいいんだ!!」と叫んでしまうような。

 それに比べて今回の「自転公転」は読後に爽快感のようなものはありませんでした。

 カフェとかで向いに座った友人が特に不機嫌な様子もなく「私はこう思う、あなたとは違うかもしれないけど」とこちらを見ずに話している、みたいな印象で。

「わかってくれるとは思っていない」とまでは言わないけれど「どうしてもわかってほしいとは思わない」みたいな。「だって私とあなたは違う人間でしょう?」みたいな、ベタつかずにドライな感じ(私はこういうところもさっぱりしていて好きですが)。

 押し付けるでもなく、突き放すでもなく…でもちょっと突き放しているところはあるのかな。突き放すというか双方のことを考えて境界線を見える形で引く、というか。

 でも物語にどっぷり浸かっていた私には冬の冷や水に足先をつけたような「ひやっと感」がありましたよ。うん。

 本を閉じたあとの私は「ふー」と大きく息を吐いてコーヒーを淹れにいきました。落ち着きたかったし、気持ちを整理したかったから。

 その間も静かに都や貫一のことを考えて。

 豆をミルでゴリゴリと挽いて、店長のこととか、仁科さんのこととか考えて。ゆっくりドリップして、みどりやニャン君のことを考えて。できあがったそれをマグに注いで熱いうちに一口飲んで。

 お父さんとお母さんのことを考えて。あの人のことも、あの人のことも考えて。出てきた色んな人たちのことを考えて。

 私だったらどうしただろう、私の友達がそうしたらどう思うだろう。

 同じことをしただろうか。何か言うだろうか。「どうして!」と詰問するようなことをしただろうか。しばらく黙ったあと「そうかもしれないね」と呟くだろうか。

 コーヒーはまだ熱くて少しずつしか飲めない。だからマグを机に置いて、また「ふー」っと息を吐いて。

 幸せってどういうことか考えて。不幸ってどんな状態にあることか考えて。

 私にとっての許せないことは何で、構わないことは何か。私にとってそれらを分つ要素ってどんなことだろう。

「結婚、仕事、親の介護」

「全部やらなきゃダメですか?」

 私だったらどうだろう。

 私だったら…!

 コーヒーから立ち上る湯気は依然としてゆらゆらと揺れていて。マグの中を覗き込むとそこにはとろんとしたコーヒーが入っていて。 

 そこあたりでようやく「でも、そういうものかもな」と思えました。

 けっこう自然な感じで「そういうものかもしれないな」と。

 物語はやはり(というか)新しいもので、今の世の中で起こっていることやこれから起こるであろうことが描かれていて新鮮でした。新鮮で、苦しかったです。

 今の時代だからこそと思われる展開に「こういう新しい物語が出ているんだな」と驚いたところも多くて(私が無知なだけかもしれないけれど)、自身のアップデートの大切さを感じました。

 令和の物語だな、と。

 やっぱりですね、山本文緒さんはすごいですよ。

 表紙もとっても素敵なので本屋さんで見かけたら思わず手に取ってしまったっていいのではないでしょうか。それをそのままレジに持っていって、買ってしまってもいいのではないでしょうか。

 読書の秋といいますし、あたたかい飲み物がおいしい季節になりましたから。

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