[希望]を見出すために一瞬の[絶望]も必要なんだ


絶望がなければ希望はないんだ。
光がなければ、影はないんだ。


私には、高校生の時から
他人と比較してしまう癖が根強くある。


私の高校は、様々な特色を持つ者が十人十色とおり
今現在では同世代付近の友人や先輩・後輩が一般的にみて
「世間に注目されていて成功しているな」と思われるような人が沢山いる。

「某有名YOUTUBERとなり世の中にエンターテインメントを提供する」
「フリーランスとして多くの収益を生み出す」
「有名TikTokerになり有益な情報を発信している」などなど


そんな私も高校生活では
様々な内部活動・外部活動に積極的に取り組んでいたことで
友人・教員の方々からも、ちやほやされてきた。
そんなこともあり卒業時には優良卒業生として選抜もされた。


「自分も目立ちたい!」という意識が心の中では強く、比較をしていなければ自分の存在価値を表現できなくなっていた。
また、出来の良い兄が2人いるということによって
両親からは比較をされ続けた人生であり、
私も、「ここは兄と比べて劣っているな」と考える機会も多く
常に比較し続け、非常に劣等感をいだいていた。


そんな比較をする一方で
自分にしかできないことに焦点を当てていく術を知り
鼻がどんどん伸びていく、天狗になっていった。

「自分はセンスがある」
「ちょっと奇想天外な発想できる」
「アーティスティックな一面がある」
「行動力がある」
「面白い経験してる」 
「周りを自然とまとめ上げることができる」

極め付けは、就活での社長との最終面接での一言
「長い目で見てどんな人になりたい?」と聞かれて
「全知全能の神、ゼウスになりたいです。」と答えたことである。
無事に内定はもらえたが、これには社長もドン引きであっただろう(笑)

自分にハチミツを塗りたくるかの如く
甘ったるく人間性構築をしてきて、自分は優秀な人間なんだと過信しすぎていた。しかしながらまったくもってそんなことはない、上を見ればキリがない。


最近では、親友が、頭角を表してきて、
「自分にもセンスがあるから大丈夫」と言い聞かせていたが、
親友の成長度合いの数字を見るが、数字は嘘をつかない。
圧倒的な差があり、そこに目が触れるたび、日々絶望の連続である。


でもその絶望を感じさせてくれたことは常日頃感謝である。
私は全くもって優秀なんかじゃなかった。「うさぎとかめ」の、うさぎになっていたのだ。
亀のように一歩一歩着実に前に進むことを決心しよう。優秀になりたいからこそ今の自分をしっかり受け入れ、成長しつづける必要がある。


沢山本を読んで正しい基礎知識を身につける。
日々日常を過ごすために姿勢を正す。
自分が日々の生活を営むための目的をしっかり見出す。


結局は「過去に囚われず、今どのように行動を展開していくかなのだ」
今の自分自身に満足することなく日々邁進していこうと
[絶望]から考えさせられた。


「嫌われる勇気」と「幸せになる勇気」
を最近買って、登場する青年に
酷似する部分があったためつい文章に書き起こしたくなった。

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