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【なれとります】#04「日々是勉強」

「今回はですね、男性、女性の掛け合いとなります」
「掛け合い…」
「あ、もちろん女性ナレーターさんもお呼びしてあります」
ナレーターというは摩訶不思議な仕事である。ただ紙に書かれた言葉を音にするだけではなく、時には声だけでお芝居をしたり、書かれた言葉をメロディーにして歌い上げたり、その1枚のナレ原からは想像できない多くの可能性を秘めているという、普通の感覚では理解しがたい職業だと思う。
「アハ…ですよね。いや、たまに声色変えてのひとり芝居なんてありますから、つい」
「ですよね。まあ最近だとかなり使えるボイスチェンジャーもありますしね…」
最近では人工知能によって、実在する人物の声や読み方を理解させて、別人が読んでも、そのインプットされた人物がいるようにできる技術まである。
ナレーターを選ぶ時は、ある程度有名人では無い限り、大抵は事前に取り寄せるボイスサンプルで選ばれる。一度お仕事をしていれば、何度もご一緒することもあるのだが、実に一期一会の多い現場とも言える。

「で、女性の方はまだ…」
「それが前の現場があるそうで時間が合わなくて、あとから入ります。先に男性パートを録らせて頂く方向で!」
「わかりました。ちなみにどなたでしょう?」
「同じ事務所の…」
予算の都合などもあって、同じ事務所の人を頼むことで、グロスで頼むことも無い話ではない。
「ああ、ユキさんですか…久しぶりだな…」
「お知り合いですか、同じ事務所ですもんね」
「知り合いというか、先輩ですね」
「じゃあ、先に録り始めましょう」
本来、アニメなどのアテレコの場合は、1本のマイクで自分の順番に前に出て読むことはあるが、ナレーションの場合はラジオの録音に似ていて、二本のマイクで向かい合わせで読むことが多い。今回のように、1人ずつ録音したあとで組むことも比較的多い。

程なくして男性パートのナレーションを読み終えた頃、ミキシングルームに女性ナレーターが入って来た雰囲気が漂っていた。

「ご無沙汰してま〜す!」
ナレーションブースを出た私はすぐ挨拶をする。
「あ、ど〜も!元気〜?」
「ユキさん、お忙しそうですね」
「そんなこと無いって!」
簡単な挨拶をした後、早速女性パートを録る準備が始まった。

「あ、スイマセン…これ、マイク…変えてもイイですか?」
ユキさんは、カバンからマイマイクを取り出した。ミキサーさんは笑顔で対応してくれた。
「マイマイクですか?」
「ごめんね、別に誰かが使ったマイクがどうの、ってことじゃないんだけど、このマイクが私の声だと最高に良いパフォーマンスを出してくれるのよ〜」
「なるほど〜」
これをやられると、気軽にリテイクなど出来ない。
「ほら私の声、低音のアクセントがポイントだから」
流石だな、と思う反面、待てよと気がつく。同じ事務所でまとめたワケではなく、ユキさんが決まっていたから、同じ事務所の私がチョイスされたのではなかろうか!?
「あの〜良ければ、ユキさんのナレ録り、立ち会っても良いですか?」
「お時間大丈夫でしたら、是非!」
ディレクターさん、ミキサーさんに断りを入れて見学させてもらうことにした。

さらに驚かされたのが、ユキさんは録音ブースに入り、ミストの芳香剤だろうか、シュッシュと空間に吹きかけた。
「微香の芳香剤で自分のリラックス空間を演出してるんですよ」
さっきまで無口だったミキサーさんが、振り返り教えてくれた。
「マイマイクと芳香剤…」
意外とナレーターという商売は、ひとりで行うことが多いため、他の人の現場は知らないものである。見学できる貴重な機会なのでありがたい。
「ユキさん、お水もこだわりがあって、いつも決まった銘柄で常温のモノを持って来ているんですよ」
今度はディレクターさんが教えてくれた。
カバンから小さな水筒を取り出して、少し唇を潤す。

何もしていない時間が漂う。ブースの中でユキさんが原稿を見ている。声には出していないようだが、ディレクターさんもミキサーさんもじっと待っている。
『はいスミマセン。えっと…内容の変更は無いようですので、録音された男性パートを一度、全部聞かせて頂けますか?』
ユキさんから指示が出る。流れるような段取りでミキサーさんが答える。
「はいプレイバックしま〜す」
自分の声が流れる。ちょっと照れくさい。このタイミングで仮にナレーション原稿を呼んでみる方が多いのだが、彼女は声を発しない。イメージトレーニングのような、聞こえない自分の声を確認しているような…
『スイマセン、え〜原稿の3ブロック目、ちょっとキツイですかね?』
「大丈夫です。1秒半下げておきます」
『ありがとうございます!』
阿吽の呼吸というか、勝手知ったる者同士のプロの現場。
「じゃあ〜テスト…テスト本番で録って行きましょうか〜」
ディレクターさんが声をかける。
『お願いしま〜す』

1テイクOKだった。正確には、テスト本番でほぼ決まっていて、ニュアンス違いとして1テイク録って終わりだった。
「いや〜ユキさん、凄いですね!」
ブースから出てきた彼女に思わず本音が出てしまった。ミキサーさんがブースに入って、マイマイクを外していた。
「いや、でも間がよかったから、そこに合せて入れただけだよね」
「いやいや、思っていた通り全体がギュッと引き締まりましたね」
ディレクターさんも笑顔だった。
「いつまでも、どんな現場でも勉強ですからね〜」
ユキさんは謙遜していた。
「毎回がオーディションですから!もう次回呼んでくれないかも知れませんし〜」
そう言ってディレクターさんに冗談っぽく流し目をして見せる。
「またまた〜」
スタッフの方々と、こんな打ち解けた会話ができることも、実力なのかも知れない。
「ホント、どんな現場も勉強ですね…」
私も改めて呟いてしまった。

     「つづく」 作:スエナガ

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