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【僕の部屋】

その未確認飛行物体は、雲のような顔をしてすっと建物に近付いて来た。UFOは丸くて光輝く地球上には存在しない金属で出来ているという認識が、意表を突いた雲型の登場を認めなかった。

僕の住む部屋は、7階にある。なのに、エレベーターのボタンは6階までしかない。可笑しな部屋だと思ったのだが、縁起も良さそうだし何より家賃が安かった。フロアは、エレベーターを中心に左右シンメトリーに、4部屋ずつ並んでいるが、僕の住む7階だけは、中心に我が部屋ひとつ。
どんな目的でこんな形になったのか気にも留めなかった。

ある日の夕方、輝く夕陽の中に浮き上がったウチの建物を遠くから眺めてみたら、ポコリと真ん中に出っ張る我が部屋がまるで顔のように見え、建物全体が巨大なロボットのようなシルエットなのだと気が付いた。
まるで6頭身の収まりの良い体型。

エレベーターに乗って6階を押す。ドアが閉まりかけたところで声がした。
「あ!スミマセン!」
両手に沢山のティッシュボックスとトイレットペーパーの束を抱え駆け込んで来た、下町の肝っ玉かあさんのような中年女性は、軽く謝りながら、6階が点灯しているのを確認し、3階を押す。
「6階の方ですか?」
「いえ、7階です」
中年女性は、あ!っと気まずい空気を出すも何も聞かなかったように目を反らした…
「不思議な建物ですよね、ここ…」
僕の言葉を聞いていたのか意を決するように口を開いた。
「この建物のこと…どこまで知ってるんですか?」
「どこまで?…どこまで、というのは…?」
「いえ、7階にお引越しされて来たと言うことは…そろそろ…」
「そろそろ?」
そこまで会話したところで3階に着いた。
「ゴメンなさい。頑張って下さいね…」
へらへらと笑ってはいるものの、何だか緊張感のある表情。
頑張るって何を?と思いながら、閉まったドアの前で、中年女性が僕の顔を見ていた。

しばらくしたある日のこと。
ポストに大きな封筒が入っていた。
管理人からで「7階の方へ」と書かれている。
建物の中はシンっと静まり返っていた。まるで誰も住んでいないように。夜になっても電気ひとつ付かなかった。シャワーを浴びて缶ビールを一口呑んだ所でその封筒を開けて見た。
中には、車屋さんが配るカタログのような
数十ページのカラー冊子が一部。ペラの紙が一枚。

ペラの紙を読んでみる。

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「7階にお住まいの方へ」
貴殿は我々不動産会社により選ばれた
操縦士で御座います。
間も無く、この星に沢山の地球外生命体が
やって参ります。

つきましては、同封の操作手順を熟読頂き、
こちらの建物型対空戦用ロボットを駆使し、
闘って頂きますようお願い致します。

                     管理人
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もう一口、ビールを口に含む。
書かれている文字は、目には入るが、
内容はちっとも頭に入ってこなかった。
カタログのような冊子をペラペラ開く。最初のページには、開けたことのない配線版の取扱方から書かれていた。そうそう、引っ越し前の内覧時から気になっていたのだが、部屋に妙な出っ張りがある。構造上、無くすことができなかったのだろうと勝手に思っていたのだが、どうやらそれを押し込むことで配線が変更され、操縦席が現れるらしい。
…何が書かれているのだ?

『操縦士で御座います。』

もう一度ペラの紙を手に取る。と次の瞬間、ドーン!と鳴り響く地響き。カーテンを開くと、目の前の建物が雲の形をした未確認飛行物体の攻撃を受け、ガラガラと崩れ堕ちる姿が見える。

『地球外生命体がやって参ります。』

「うそだろ?」
操作手順にある配線版に行き、指示通りに動かす。次の瞬間、これまで聞いたこともない、爆音とも言える機械音が鳴り響く。警報音とともに、誰もいないはずの建物の至る場所から声が聞こえた気がした。

「初期初動可能」
「操縦士確認」

足場がグラッと動くのを感じた。
まだ二口しか呑んでいないビールのせいではない。

「不動産会社に選ばれて闘うって…」
僕がこの7階に住んだ瞬間から、
この争いは決められていたんだな…
勢いをつけるためにビールを一気に飲み干し缶をクシュッと握り潰す。今更ながら、本当に変わった建物だと笑っていた。

     「つづく」 作:スエナガ

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