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今すぐ使える小説テクニック4

こちらは八幡謙介が2014年に発表した実用書です。


会話文の後の付帯情報を減らす方法

小説を書いていて、ついついやってしまいがちなのが、

「(台詞)」
 とAは言った。
「(台詞)」
 とBは言った。

 と、付帯情報を繰り返してしまうこと。これが続くと読者に陳腐な印象を与えてしまいます。できるだけ【と○○は言った】を減らし、なおかつ誰が誰に話しているかを明確にするにはどうすればいいのでしょうか?

1 会話文に、自分や相手の名前を入れる

 恐らく、最も初歩的で誰でも使っているテクニックだと思います。例えば、

「俺は今日子が怪しいと思うんだけど、美香はどう思う?」
「えー、私は今日子のこと疑ってないけど」

 素直に読むと【えー、私は今日子のこと疑ってないけど】という台詞を美香が言ったと理解できるので、この後に【と美香は言った】をつける必要はなくなります。人数が多いときはこうやって会話を回していくと文章のリズムがよくなります。
 また、誰か一人を進行役として使うのも一つの手でしょう。例えば、達也、美香、加奈子、浩一の四人で会話しているとします。全員が入り乱れてしゃべると付帯情報も増えますが、一人の進行役がそれぞれに話を振って意見を引き出すという風にすれば、付帯情報は少なくて済みます。

「俺は今日子が怪しいと思うんだけど、美香はどう思う?」
「えー、私は今日子のこと疑ってないけど」
「じゃあ、浩一、お前はどう思う?」
「俺も今日子はシロだと思うよ」
「最後に加奈子、お前は?」
「んとぉ……あたしわかんない。達也君はどう思うの?」

 達也がそれぞれ名指しで質問し、最後に加奈子が進行役の達也に質問を振ります。
 これだと【と○○は言った】がなくても、誰が話しているのかは理解できます。そうなると、付帯情報は「誰が誰に言ったか」ではなく、それぞれの表情とか仕草、場の雰囲気などに搾って書くことができます。
 また、女性の場合だと、自分の名前を一人称として使うことも珍しくないので、こういう使い方もできます。

「俺は今日子が怪しいと思うんだけど、お前はどう思う?」
「えー、美香は今日子のこと疑ってないけど」

 これも会話中に【美香】と自分の名前を言っているので、誰の台詞かは一目瞭然です。ただし、どんな人物でも使えるとは限りません。一人称に自分の名前を使う女性は、どこか幼く、甘えん坊な印象を与えます。気の強い女性、キャリアウーマン、三十代以上の女性には使わない方がいいでしょう。また、作中の女性全員が自分を名前で呼んでいたら変なので、せいぜい一人、二人にしかこのテクニックは使えない、という制約もあります。

2 付帯情報に動きを組み込む

 どうしても会話文の後に誰が言ったかを挿入しなければいけないとき、【と○○は言った】だけで終わらせず、あえて動きをつけます。するとどうなるかというと、

「私は今日子のこと疑ってないけど」
 美香はそう言ってコーヒーを一口啜った。

「私は今日子のこと疑ってないけど」
 そう言うと、美香は頬に手を当てた。

「私は今日子のこと疑ってないけど」
 美香は腕組みをしながらそう言った。

 こうすると、付帯情報の幅が広がります。動作自体は別に何でも構いません。ただ、意味深な動きやオーバーアクションをさせると読者がそっちに気をとられてしまうので注意しましょう。また、こういう風にもつなげられます。

「私は今日子のこと疑ってないけど」
 美香はそう言ってコーヒーを一口啜ると、
「ところで達也は何で今日子のこと疑ってるわけ?」
「俺は――」

 動きをクッションとして、そこから質問に転換すると、自然な流れを作ることができます。これがないとどうなるのでしょう?

「私は今日子のこと疑ってないけど」
 と美香は言った。
「ところで達也は何で今日子のこと疑ってるわけ?」
「俺は――」

 一瞬、三行目は誰が質問しているのだろうと疑問に思ってしまいます。となると、また付帯情報が必要になってくる。これでは悪循環です。しかし、一行目と二行目の間に【そう言ってコーヒーを一口啜ると】があれば、二つの会話文がつながっていることが分かるので、いずれも美香の台詞だとすんなり理解できます。

3 人物の呼び方を振り分ける

 今誰がしゃべっているかを明確にするために、人物の呼び方を関係性ごとに振り分けます。例えば、溝口達也という人物がいたとしましょう。彼に対し、親友のAは【達也】、恋人のBは【たっちゃん】、後輩のCは【達也さん】など。そうすると、会話文だけで誰が誰に話しているかおおよそ見当が付きます。

 「あれ、たっちゃんは?」
「ああ、達也さんならスマホ持って外行きましたけど」
「仕事の電話なんじゃない? 達也最近急がしいって言ってたし」
「もう……こんなときまで仕事しなくてもいいのに。私ちょっと様子見てくる」

 これだと人物の違いや、溝口達也に対するそれぞれの立場がくっきりとしてくるので、誰が言ったかという付帯情報も必然的に減ると思います。会社の後輩など、同じ立場の人間が大勢いる場合は、【達也さん】【溝口さん】【先輩】【溝口先輩】【達也先輩】などと振り分けましょう。
 さらに私は、長編小説「未来撃剣浪漫譚 ADAUCHI」で【さん】と【サン】も使い分けました。主要人物の芹沢無二に対し、目下の者は【無二さん】、目下だけど比較的対等に近い関係の望月薫は【無二サン】で統一しています。効果のほどは分かりませんが、登場人物が多い場合は使ってみる価値はあると思います。

4 「私」をさけて、一人称を人物ごとに振り分ける

「私」は男性、女性共に使う一人称です。また、年齢的にも、三十代以上なら誰が使ってもおかしくありません。ということは、会話文も混乱しやすく、その分付帯情報が増えてしまいます。
 ですから、一人称を各人物ごとに振り分けて使います。
 例えば、【俺】と【オレ】だと印象が少し違います。【私】と【あたし】もやはり違います。そのほかにも【儂】【うち】【自分】など、いくつも書き分けることが可能です。そうしておけば、会話文だけでもだいたい誰が話しているのか分かるので、付帯情報を減らすことができます。
 例えば、次の例文を読んでみてください。


「私はあの人やめた方がいいと思うな、確かにイケメンだけど、浮気しそうじゃん」
「私も最初そう思った。でもやっぱりカッコイイ人と付き合いたいし、ちゃんと尽くしたら浮気もされないかなって思って」
「わかんないよー、男なんてすぐ浮気するからね」
「私はしませんよ。今まで一度もしたことがない」


 これだと付帯情報があっても混乱しそうですよね。ちなみに最後の台詞は男性ですが、一人称が【私】だと流れで一瞬女性かと思ってしまいます。そこでそれぞれに一人称を振り分けてみましょう。


「私はあの人やめた方がいいと思うな、確かにイケメンだけど、浮気しそうじゃん」
「あたしも最初そう思った。でもやっぱりカッコイイ人と付き合いたいし、ちゃんと尽くしたら浮気もされないかなって思って」
「わかんないよー、男なんてすぐ浮気するからね」
「僕はしませんよ。今まで一度もしたことがない」


【私】【あたし】【僕】と一人称を振り分けただけですが、これだけで印象は随分変わります。作品の冒頭からきちんと人物ごとに一人称を振り分けて読者に印象付けておけば、付帯情報がなくても流れの中で『ああ、【あたし】だからあの子かな』と理解できます。作品を書き始める前に、人物のキャラクターをよく練り、それに適した一人称を振り分けておきましょう。
 また、男性同士の場合、【俺】と【僕】で上下関係を暗示することができます。

「俺マック行くけど、お前どうする?」
「あ、俺も行くよ」

 これだと二人の関係性は全く見えませんが、

「俺マック行くけど、お前どうする」
「あ、僕も行くよ」

 こうすると、なんとなく後者が前者に従っている感じがします。そうでなく、対等な関係の場合は【俺】と【オレ】にするといいでしょう。個人的に、【オレ】は一人だけに使うと効果が高いと思います。【俺】よりも【オレ】の方が少し特別な印象がするので。
天気や気候を生々しく感じさせるテクニック
 天気や気候の描写は、簡単なようで意外と難しいものだと思います。例えば、冒頭に【八月の暑い盛り】とだけあって、以後暑さや日差しなどの描写が一切なかったら、読者は季節感を感じながら読めないでしょう。結果、作品に臨場感が加わらず、どこか作り物めいたお話になってしまいます。
 とはいえ、やたらと天気や気候の描写ばかりするのもくどいし、気温を【今日は○度だ】などとそのまま書いてしまっては小説として失格です。
 では、どうすればくどくならず、小説らしく読者に天気や気候を認識してもらえるのでしょう?

(試し読み終了)

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