今すぐ使える小説テクニック3
こちらは八幡謙介が2014年に発表した実用書の第3巻です。
noteにて試し読み公開しています。
長い会話シーンに臨場感を加えるテクニック
例えば、二人きりでの会話が続くシーンがあるとします。二人だと誰の台詞かいちいち描写しなくても理解できるので、自然と文章のテンポが上がり、読みやすくなります。一見何の問題もなさそうですが、ここにひとつ落とし穴があります。それは、会話が長く続きすぎると、どこで話しているのか、そしてそれぞれがどういう状態なのかがおろそかになってしまうのです。
例えば、次の例文を読んでみてください。恋人同士である今日子と智也が公園のベンチに腰を下ろしたところからの会話です。
例文
公園のベンチに腰を下ろすと、智也が訝るように切り出した。
「で、今日子、話って何?」
「智也……浮気したでしょ。友達が見たって、智也が女の子と二人っきりでカフェにいたの」
「ちょ……待てよ、たまたまそうなっただけで浮気とか――」
「じゃあ事実なんだ! ひどい!」
「おい、質問のしかたおかしくねーか?」
「はぐらかさないでよ」
「あいつ……中山ってやつなんだけど、あいつとは中学の同級生でたまたま道でばったり出会ったからせっかくだしお茶でもすっか、ってなっただけで、浮気とか、そんなんじゃねーし」
「じゃあなんで黙ってたの?」
「わざわざ言うことじゃねーだろ? てかこのために呼び出したのかよ?」
「このためって何よ? あたし智也が他の女の子と二人っきりでいるのイヤだってちゃんと言ったよね?」
「じゃあ同級生に会っても無視しろってのか? そっちの方がよっぽどおかしいだろ」
「わざわざカフェ行く必要もないでしょ? その時点で浮気だし」
「チッ、めんどくせーな」
「めんどくさいって何よ! ひどい……」
***
もう少し続きそうですが、会話はとりあえずここでストップ。さて、なかなかの修羅場で、会話だけ読んでいてもそれなりに臨場感はあると思います。しかし、これだけだと、せっかく場所を公園に設定した意味がありません。また、台詞からある程度の感情は推し量れるにしろ、もう少し身振りや表情などの描写があってもいいはずです。個人的には、次の情報は確実に挿入したいです。
季節、気温
時間
話している場所の様子
人物の身振り、感情
では季節は夏、時間は夜7時とし、先述の会話に付帯情報を挿入していくことにしましょう。といっても、何をどの順番で、どの程度挿入すればいいのか迷ってしまいますよね。そこで、効果的な付帯情報の挿入方法をお教えしたいと思います。
季節、場所を最初に提示
季節や場所については、会話が始まる前に描写しておくべきだと私は思います。会話の途中だとせっかくのリズムが崩れてしまう恐れがあるし、最後に描写されてももう会話は終わっていて、意味がありません。会話が始まる前にその場所や季節感などを描写し、シーンのイメージを読者に植え付けておくことが賢明であると思います。
さて、このとき、絶対にやってはいけないことが、「説明」です。恐らく小説教室やハウトゥ本などにもそう書いてあるでしょう。試しにいくつか例を挙げておきましょう。
悪い例
二人は人気の消えた公園に入ると、ベンチに腰を下ろした。季節は夏。夜7時になってもまだ蒸し暑い。
智也は訝るように切り出した。
「で、今日子、話って何?」
これだと単なる説明でしかないので、情景が全く浮かんで来ません。ではどうすればいいのか? まず、読者に伝えたい情報を整理しましょう。
・季節が夏であること
・時間は夜の7時(あるいはそれぐらいの時間帯)であること
小説とは不思議なもので、この一番伝えたい情報を、そのまま『夏』とか『夜7時』などと書くと途端に説明くさくなってしまうのです。ですから、それらをぼかして遠回しに描写します。いくつか例を挙げてみましょう。
いい例1
陽はあらかた落ちたにもかかわらず、サンダルの足に絡んでくる公園の砂利は、まだ昼の暑さを十分に含んでいる。
***
これは、
「陽はあらかた落ちた」
夜になったばっかり
「サンダルの足」
季節感を表現
「まだ昼の暑さを十分に含んでいる」
暑い季節
ということを表現しています。こういった描写は好みが分かれるところですが、ちょっと遠回しだと思ったら、もう少し直接的な描写に変えましょう。
いい例2
二人が公園に着いた時には、既に辺りは夕闇に包まれていた。黒い巨大な影のような夏木立から、どこか甘酸っぱい香りが風に乗って漂ってくる。
***
「夕闇」「夏木立」という単語を使っているので、季節も時間帯も簡単にイメージできます。それでいて説明にはなっていず、悪い例よりもずいぶん小説的になっていると思います。では、こちらを冒頭につけて再度文章を読んでみましょう。
例文(2)
二人が公園に着いた時には、既に辺りは夕闇に包まれていた。黒い巨大な影のような夏木立から、どこか甘酸っぱい香りが風に乗って漂ってくる。
ベンチに腰を下ろすと、智也が訝るように切り出した。
「で、今日子、話って何?」
「智也……浮気したでしょ。友達が見たって、智也が女の子と二人っきりでカフェにいたの」
「ちょ……待てよ、たまたまそうなっただけで浮気とか――」
「じゃあ事実なんだ! ひどい!」
「おい、質問のしかたおかしくねーか?」
「はぐらかさないでよ」
「あいつ……中山ってやつなんだけど、あいつとは中学の同級生でたまたま道でばったり出会ったからせっかくだしお茶でもすっか、ってなっただけで、浮気とか……そんなんじゃねーし」
「じゃあなんで黙ってたの?」
「わざわざ言うことじゃねーだろ? てかこのために呼び出したのかよ?」
「このためって何よ? あたし智也が他の女の子と二人っきりでいるのイヤだってちゃんと言ったよね?」
「じゃあ同級生に会っても無視しろってのか? そっちの方がよっぽどおかしいだろ」
「わざわざカフェ行く必要もないでしょ? その時点で浮気だし」
「チッ、めんどくせーな」
「めんどくさいって何よ! ひどい……」
***
どうでしょう? 冒頭でしっかりと季節の描写をしているので、シーンに少しリアリティが加味された感じがあります。しかし、それ以降、会話以外の描写が一切なく、進むにつれてだんだん風景や季節感が薄れてしまいます。もう少し情報を足した方が良さそうですが、かといって会話のテンポは崩したくない。ではどうすればいいのでしょうか?
私の場合は、会話の〝間〟に付帯情報を挿入するようにしています。〝間〟とは、人物がちょっと考え込んだり、絶句したり、混乱して言葉を詰まらせる瞬間です。例文だと、今日子が終始攻勢で、智也は弁解にあせって思考が停滞している印象があります。例えば、
「ちょ……待てよ、たまたまそうなっただけで浮気とか――」
「あいつ……中山ってやつなんだけど、あいつとは中学の同級生でたまたま道でばったり出会ったからせっかくだしお茶でもすっか、ってなっただけで、浮気とか……そんなんじゃねーし」
「チッ、めんどくせーな」
などの台詞には〝間〟が感じられます。それを利用して付帯情報をさらっと挿入してみましょう。
(試し読み終了)
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