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生態系の中で生きる

自然は偉大であり多くのことを教えてくれる、と言われる。最近のアウトドアブームを考えると、皆何かを自然の中に求めて、山や森に入ろうとしているのかもしれない。
確かに、自然は先生のような存在なのかもしれないが、都会に住んでいるとあまりその実感が湧かないのではないだろうか。
例に漏れず、僕も自然の偉大さや自然そのものを実感する機会に恵まれずに人生を送ってきたが、カナダでの夏休みに森で虫を捕り、植物を採って自然の中で過ごしたら、自分も生態系の一部なんだよなと感じることができた。

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夏休みが始まるにあたり、心配していたことが二つある。一つは、サマージョブ。もう一つは、夏休みの宿題。夏休みの宿題というと、小学校の頃の「夏休みの最後に泣きながらやっていたなぁ」なんてことを思い出すかもしれない。算数ドリルに、漢字ノート、自由研究、エトセトラ。しかし、僕には今、森というフィールドでの宿題が課せられている。ズバリ、
「虫50種類捕ってきて、標本作ろう(昆虫採集)」
「植物40種類採ってきて、標本作ろう(植物採集)」
の二つである。夏休みの4ヵ月間という時間があるし、この二つを終わらせるのなんて簡単だろうと侮るなかれ。最終日まで虫を求めてタモを持って走り回り、植物を探して西へ東へ歩きまわる羽目になろうとは想像もしていなかったけど。

夏休みの昆虫採集と植物採集は、来学期に受講する「Botany(植物学)」と「Entomology&Pathology(昆虫学&木の病理学)」の事前課題にあたる。学校近くの森でも、夫々のサマージョブのエリアでも良いので、テキストに載っている虫50種類と植物40種類集めてこいや!とのこと。森に行って植物と虫を集めるポケモンGOのようなものか。ちなみに、これらの課題を提出できない、または、不十分な内容とインストラクターに判断されると、来学期は出席できないという恐ろしい条件付きである。
クラスではまだ植物と昆虫のことを習っていないので、テキストを片手に森へ出かけて、写真と実物を見比べながら集めるつもりだ。普段のクラスでは、親友のジムやクラスメイト達が一緒だが、今回は一人で森に行かなければならないので、正直心細い。森で迷うかもしれないとビビってしまう。それでも、この課題は自分で乗り越えなければならないのだ。

ところで、昆虫も植物も勉強するとすごく奥深い。昆虫と植物には、Invasive species(外来種)というのが存在する。先学期に森で実習を受けた時に、いくつか外来植物を見かけたが、その一つであるGlossy buckthorn(クロウメモドキ属)という小さな黒いベリーを実らせる植物を森の多くの場所で見かけた。外来種の中には日本からきた植物もあり、テキストでしか見たことがないが、Japanese knotweed(イタドリ、タデ科の多年生植物)もカナダでは植生範囲が拡大し問題になっている。外来の昆虫に関しては、見つけたらかなり大ごとになるが、 Emerald ash borer(アオナガタマムシ)やAsian long-horned beetle(ツヤハダゴマダラカミキリ)は、船舶の荷物にくっついてはるばるアジアからカナダを含む北米に侵入している。僕が住んでいる州では、Emerald ash borerはまだ発見されていないが、オンタリオ州では見つかっているので生息エリアが拡大し近づいているので、もし発見されたら大ごとになるだろう。(カナダを離れた後、僕の住んでいたエリアでEmerald ash borerが発見されたことが記事で掲載されていた)Emerald ash borerが木に侵入すると、枝先から根元が枯れたり、木の皮にひび(すじ)ができたりする。木の内部も、出入り口の穴が開けられ、食い荒らしながら動き回るので線上の跡でぼろぼろになる。このような状態になると、被害にあった木を切り倒し、その場で焼いてしまうしかない。(木を別の場所へ移動させると、虫が移動してしまうリスクがあるため)

話を森に戻そう。

サマージョブのない土曜日に課題をこなすため、学校の実習で行く森を一人突き進む。迷わないためにコンパスを持ち、蛍光色の安全ベストを着て準備万端だ。目を凝らして、Ground pine(マンネンスギ)やGround cedar(アスヒカズラ)が地面に生えていないか注意を払う。隅っこのほうに生えている。「おおっ!」と声をあげて採取。リュックサックからジップロックを取り出して植物を入れていく。そういえば、テキストに載っていたBeaked hazelnut(ハシバミ)が以前に実習でこの森にた際、見かけた気がする。確か、この道をまっすぐ行って、二本目の道を左に曲がったところだ。何度もこの森には実習で来ているから、道を覚えているが、サマージョブでバンクーバーやアルバータ州に行っているクラスメイト達は課題は大丈夫だろうか?いつもと違う環境の中で植物や昆虫を採集するのはかなりタフだろうから心配だ。
そんなことを思いながら、4時間ぐらい植物を求めて森を歩き回った後、寮に戻る。テキストを取り出し、写真と実物を再確認して、名称を書いたメモを挟んだ後、水分をとるために新聞紙で挟む。これをベッドの下に置くとプレスされて、カラカラに乾燥され、あとはファイルに差し込んで植物標本ができるのだ。先は長いが、今日はBeaked hazelnutも採れたし、上々だ。

次の日、虫を捕りに行くため、再び森へ。水辺には気の早いトンボが飛んでいるのを先日見かけたので、大きな池を目指す。いくつか捕まえて、歩いていると、地面にキラリと光るバッタのようなものがジャンプしている。「Emerald ash borerではないよな...」と心配しながらジップロックに入れていく。昆虫の標本作りは来学期に行うので、夏休みは虫を捕って冷蔵庫で保存するだけだ。
僕の部屋には残念ながら冷蔵庫がないので、校舎のラボにある冷蔵庫を使わせてもらうことにする。夏休みの間は、ラボにもカギがかかっているので、警備員のおっちゃんに訳を話して開けてもらう。4ヵ月間、この調子でずっと一人なのは寂しいが、自分だけが誰もいないこの校舎を独り占めしているみたいで、少しはしゃいでしまう。ドラえもんの映画で、のび太が誰もいない広いスーパーで好きなものを買い物するシーンがあったな、あれは鉄人兵団だったよな。

テキストやクラスで「Invasive species(外来種)」の単語を見つけると、後ろめたさにも似た気持ちになる。言ってみれば、僕もカナダにとっての外来種みたいなものだ。Japanese knotweed(イタドリ)とは、どう違うのだろうか?
カナダでは、移民して永住権を取得する際にポイントで査定されるか、カナダにとって役に立つ技術(森林関連の技術もその一つ)や経験(会社でのマネジメント経験等)を持っていれば、高いポイントを得られて永住権の取得に近づいていく。高いポイントを取っていれば、僕は植物や昆虫とは違うのか。日本人であるという事実は変わらないのだろうか。もし永住権を得てずっとカナダに住み続けたら、僕は、家族は、カナダ人になるのだろうか。そもそも、僕は、一体何になりたいのだろうか。

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時代はこれから流れて、生活様式や自然環境も大きく変化するだろう。植物や昆虫の生態系はどうなるのだろうか。外来種は、いつか在来種と呼ばれるのだろうか。人は、これからどう変わるのか。住む場所や働く場所を自由に選び、価値観は今とは全く違うものになるだろうか。僕は、その時どうなっているのだろうか。
どんな変化が起ころうとも、それでも僕は生態系の一部であり、この植物のように環境の中で変化して生きていくんだろうなと、地面に生える植物を見ながらふと思う。


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