関西学院大学准教授 貴戸理恵さんインタビュー・5

ある時期まで、公教育充実論に嫌悪感を持っていた

貴戸:ただ、実は私は「公教育を充実させるべき」という議論に、ある時期まですごく嫌悪感を持っていたんですよね。

杉本:そうなんですか。

貴戸:ええ。私が大学院に入ったのは2000年代前半は、教育格差に関する議論が活発になり始めた頃でした。教育社会学者の*苅谷剛彦さんが、「意欲格差」という言葉を使って、ゆとり教育の名のもとに学校週5日制や教科書内容三割削減を実施するなどしたら、家庭による格差が開いた、という議論をしていました。だから公教育は切り崩してはならない、みんなが学校で学ぶというベースを崩すべきではない、という議論でした。

 私は当時20代半ばでそういう議論を読んだ時には、何だか気持ちが悪くて、「学校を強化させ、その中にますます子供を取り込んでいくという話だ。ようやく学校のくびきを外して自由になるという形でやってきたのに、これは逆戻りで危険だ」というにふうに思っていたんですよね。

杉本:ゆとり教育というものに、その論者は反対だったわけですね。

貴戸:そうですね。ゆとり教育は実証的根拠なく子ども中心主義の理念先行で改革を行い、結果的に教育格差を拡大させた、という議論でしたから。とにかく、その議論のゴールは「公教育を切り崩しから守る」というものでした。それは重要だろうけど、「子どもをできるだけ学校に囲い込む」のがゴールでいいの?と感じました。他方で、不登校・フリースクール運動には「教育格差」という発想はなくて、「不登校でもフリースクールに行って社会に出ることができる」という明るい不登校のストーリーを提示していました。これも立ち行かないことは見えていました。「不登校でも社会に出ていける」どころか、学校に行っていても正社員になれない若者の問題が注目され始めた頃でした。2000年代前半。フリーターの数が一番多くなるのは2003年です。

杉本:新自由主義経済が本格化した頃ですね。

「子供よ、学校へ行け」でも、「学校へ行かなくても大丈夫」でもなく

貴戸:若者雇用が劣化しているのに、不登校でもバリバリ働いて生きていけますなんてやはり言えないと思ったんです。その2つの課題をどうやって橋渡しするかというところが私が大学にいた頃に考えていたことだったんですよね。

杉本:そう考えると格差問題の問題意識を早くから持たれていたということになりますね。

貴戸:そうですね。当時の教育社会学のトレンドだったので、大学で本を読まされました。また、当時は自分ごとだという思いもありました。20代の頃は、PTAなどに呼ばれて話すと「不登校だったけど、慶應や東大に行った人」という成功モデルとして扱われたりすることがあって。

杉本:ああ。なるほど(笑)。

貴戸:でもそれは、私が伝えたいメッセージではない。じゃあ何を伝えたいのだろう?と考えていました。

杉本:貴戸さんはフリースクールに通ったわけでもないし、まさに自分の力ひとつで大学まで行かれたわけじゃないですか。でもいまは不登校を選んだとしてもお金がある家庭はいい大学へ行かせるための経済投資みたいなものをしますよね。フリースクールでもいい大学に行かせてます、みたいなトークに乗っていくみたいな事がいまの時代、ある種公教育の民営化みたいな流れができているかもしれない。貴戸さんはそういうわけではなかったのですよね。そういう形のフリースクールがあった時代でもないでしょうし。

貴戸:ひとりの当事者としての証言みたいになりますけど、私が不登校だった時代(1985~1991年)は、「不登校でもフリースクールなどに行って自活できる」という語りがようやく出始めた頃でした。まだ現在のように通信制高校などの中学卒業後の選択肢がたくさんある時代でもなかったのですし、適応指導教室もなかった。それでも民間の居場所みたいなものはありましたし、「山村留学」とか不登校児を受け入れる小規模な学校とか、不登校に対応する教育実践は行われていました。うちの親はそういうところへ私を連れていきましたけれど、どれもしっくりこなかったので。継続していくという形にはならなかったですね。

杉本:東京シューレなんかが一番大きな運動をやっているフリースクールとしての存在があって、その影響を受けて各地でポツポツとフリースクールが登場したり、親の会が活発に動いたりという、そういう時代なんでしょうね。80年代半ばくらいは。

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苅屋剛彦 -  オックスフォード大学社会学科及び現代日本研究所教授。
東京都出身。東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科修士課程修了。ノースウェスタン大学大学院博士課程修了。Ph.D(社会学)。東京大学教育学研究科教授などを経て、2008年より現職。専門は、現代日本社会論、教育社会学。主な著書に、『教育と平等』『大衆教育社会のゆくえ』(いずれも中公新書)、『増補 教育の世紀』(ちくま学芸文庫)、Education Reform and Social Class in Japan (Routledge)、『オックスフォードからの警鐘』(中公新書ラクレ)などがある。

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