渋谷で働く営業マンが離島で3ヶ月間テレワークで働いてる話
新型コロナウィルスで注目の集まったテレワーク。
都内でテレワークをしている人はとても多いと思います。
普段、渋谷で働く営業マンが瀬戸内海の離島でテレワークをしているのは珍しいんじゃないかと思い記録に残すことにしました。
今も瀬戸内海の離島でこれを書いています。
テレワークが一般的になれば、東京にしかオフィスの無い会社に勤務しながら地方に住むようなライフスタイルが広がって欲しい気持ちもあり書きます。
ちなみにこの3ヶ月間、買い物と通院で隣の島に行った以外はずっと離島で生活しています。
■僕について
東京都中央区在住、36歳の会社員です。1つ下の妻と4歳の娘、3ヶ月の息子の4人家族です。
普段は、外資系ソフトウェア企業で営業をやっています。
主な業務としては、新規顧客の営業開拓と既存顧客のサポート業務になります。
瀬戸内海の離島に来る前は、渋谷のオフィスに10時前に出社して20時くらいまで働いて、その後はお客さんと会食があったり同僚や友人と飲みに行く生活でした。
3月後半の羽田空港、とてつもなく人は少なかったですが、飛行機は欠航も無く普通に飛んでいました。
■今どこにいるのか?
瀬戸内海のサイクリングロードが有名なしまなみ街道近くの離島にいます。
住んでいる場所は、妻の実家に家族で居候させてもらっています。
東京からだと羽田空港から広島空港まで約1時間半、そこから高速船の出ている三原市までリムジンバスで約45分、三原港から隣の隣の島の港まで約35分、そこから妻の実家まで車で約10分。
乗り換えが東京みたいにスムーズじゃないので、お昼発の羽田の便でもこっちに到着するのは夕方で、東京から香港に行くのと変わらないくらいの時間が掛かります。
■きっかけ
3月1日、第二子の長男が里帰り先の尾道の病院で生まれました。
※島には出産できる病院が無いので、最寄りといっても車で1時間くらいかかる街が尾道になります。
勤め先の会社は、比較的早いタイミングの2月末からオフィスを閉鎖してテレワークを実施していましたので、長男が生まれた後も妻の実家にしばらくお世話になっていました。
その後、一度単身東京に戻りましたが、東京で新型コロナウィルスの感染者数の増加が続いておりましたので、再度、島に戻ってきたのが3月後半になります。
息子が生まれる数時間前、朝焼けがとても綺麗でした。
■島での仕事
最初は、妻の実家の居間でノートPCとポケットWifiを使って仕事していましたが、トラブルがあり今は妻の知り合いの空き家をお借りして仕事しています。
ちなみにそのトラブルとは、ポケットWifiのどんなときもWifiがテレワーク者の増加によって?回線がパンクしてしまい、無制限使い放題を謳っていたのに毎月のデータ通信の利用上限が25GBになってしまいました。
妻の実家はネット環境がありませんでしたので、光回線を契約してもらうことも考えましたが、僕たち家族が東京に帰れば不要になるので、契約期間の縛りの無いフリーランスWifi(毎月のデータ通信の利用上限が50GB)を借りて一時的に凌いでおりました。
ただ、テレワークで急増したテレビ会議でデータ容量が食われまくって半月も経たない内に上限の50GB目前となりました。
正確に測ったわけではないですが、ZoomやGoogle Meetを使うと1時間でおそらく2GBくらい使ってると思います。
そんなわけでギガ難民化したのですが、妻の島の知り合いが一時的に使ってない空き家をお持ちで、なんと光回線も完備ということで、毎日の庭の水やりと引き換えにお借りすることができています。
ですので、瀬戸内海の離島に自分専用のサテライトオフィスがある非常に恵まれた環境で仕事ができております。
自分専用のサテライトオフィスなので「IWork(アイワーク)」と名付けたいと思います。
一度、海の近くの公園で仕事をしたらすごく気持ち良いだろうなと思ったのですが、強風で仕事どころの話ではなくスグに撤退しました。
■仕事の支障
結論から申し上げると何一つ支障はありません。
今のところ東京だとできたのに、瀬戸内海の離島でテレワークをしてできなくなったことがありません。
むしろ、通勤のストレスは無くなりクライアントの打ち合わせも全てテレビ会議に移行したので、移動に時間を取られることが無くなり、以前よりも生産性は高くなっていると思います。
それは、いくつかの条件が重なった為だと思っています。
・デジタル業界が全般的にテレワークになった
・クライアントもほぼテレワークでテレビ会議に抵抗が無かった
・会社にハンコの文化が無い(基本的に捺印の代わりにDocuSignを利用)
・会社にコロナ禍以前からテレワークやWHF(在宅勤務)が根付いていた
・妻のご両親と良好な関係があった
また、タイトルの通り、僕は営業マンなのでもちろん売上目標があるのですが、今Q(4-6月期)も達成できております。
もし困ることがあるとすれば、契約書などの印刷を頼まれると妻の実家にプリンターが無いので困りそうです。
島には、朝6時から夜の9時までやっているヤマザキデイリーストアがありますが、セブンイレブンにあるようなスマホのデータを飛ばして印刷できるようなハイテクなプリンターがありません。
3ヶ月間も離れると東京に住んでたんだっけ?とちょっと変な感覚です。
■島で働いてよかったこと
いつか妻がこの駄文を読んでくれたらいいなと思いながら書きますと、やはり一番は家族と過ごす時間が増えたことです。
もともと僕は飲みに行くのが大好きなので、東京で働いていた時の平日はほぼ週5で終電まで飲んでおりました。
その為、平日は朝に娘を自宅の近くに保育園に連れていく時しか会話する時間はありませんでした。
ところがどっこい、今は朝起きてサテライトオフィスという名の空き屋に行くまでの間、仕事が終わってからは毎晩、妻のご両親と家族と6人で晩ご飯を食べています。
なんなら今まで全然やってこなかった娘の寝かしつけも毎日やってたりします。
あとは、通勤時間が無くなったので毎日ランニングの時間をつくれて、5月は200キロ以上走りました。
それと、飲みに行く回数が減りました。正確には3ヶ月間に2回だけです。
3月後半から今日まで平日がざっくり60日くらいあるんですが、普段なら60回飲みに行っていたのがたったの2回なので、肝臓にもお財布にも良かったです。
といっても、週に1回くらいは誰かと飲みたくて同僚や友人とZoom飲みしていました。
そもそも島には居酒屋(お好み焼き屋も含む)が5軒くらいしかありません。最近、営業を再開されたのですが、しばらくは島民以外お断りのお店もあったりして興味深いです。
最近、休みの日は娘と海で遊んでいます。水はまだ冷たいです。
■島で出会った人
緊急事態宣言が出てから島も自粛ムードになったので、人と出会うことがほとんどありませんでした。
そんな中、出会った数名の方の中で印象的な方を紹介します。
1人目は、島でゲストハウスを営んでいるオーナーさんです。
東京出身の方で2年前に家族で島に移住してきて、古民家を買って1年かけてリフォームをしてゲストハウスをオープン。
古民家をいくらで購入したかやリフォームにかかった費用などを教えていただいたり、コロナ禍でお客さんが来ないので、漁師の仕事を手伝っているといったお話がめちゃリアルでした。
お次は、島の海鮮居酒屋でアルバイトをしているニュージーランドのウエリントン出身のナイスガイ2人組。
もともとは、北海道のニセコで働いていたけど、仕事が無くなったか何かで仕事を探していたら偶然この島の海の駅の仕事を見つけて移住。
海の駅は、ボートやヨットで海から直接訪れることができる停泊施設を持つ施設です。
あとは、直接お会いしたわけじゃないんですが、お好み焼き屋さんの壁にロックバンドの打首獄門同好会のサイン入りの写真が飾ってあって「ここに食べに来たんですか?」と聞くと、ドラムのあす香さんがこの島出身で小さい頃からお店に来てるとのこと。
こんなのどかな島で育ってあの演奏スタイル…マジかよ…一番衝撃を受けました。
島には島を一周すると達成できるプチお遍路さん?があります。
■最後に
今回、里帰り出産とコロナ禍が重なって瀬戸内海の離島で3ヶ月間テレワークをする機会があり新鮮でとても充実した日々を過ごすことができました。
たまたま恵まれた環境と条件が重なり僕は完全テレワークで仕事ができていますが、もちろん業界や業務内容によっては難しい方も多くいらしゃると思います。
ただし、僕が身を置くデジタル業界ではテレワークが当たり前のものとして受け入れられていると思いますので、コロナ禍が落ち着いた後もテレワークが定着して欲しいと強く願っています。
通勤するのが当たり前じゃなくなったら高い家賃払って東京に住む必要が無くなるので、夏は沖縄、冬は福岡に住むみたいな生活ができたら最高だな。
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