かたちだけで終わらせない。創業64年の工務店が実践する企業ブランディング
2020年の冬、木材の価格が高騰する「ウッドショック」が建設業界を襲った。僕が代表を務める宮城県の工務店、株式会社あいホームは、64年の歴史の中で初めて値上げに踏み切ることとなった。
しかし、商品の中身は変わらないのに、値段だけを上げることはできない。値段以上の付加価値が必要だ。
そこで、あいホームでは「付加価値の言語化」を軸に企業ブランディングを行った。かっこいいコピーやクリエイティブをつくって終わりではない、社内のあらゆる意思決定に直結する企業ブランディングのかたちを紹介する。
「家」の性能向上は顧客創造に直結しない?
値上げにともない、最初に取り組んだのは家自体の性能を上げることだった。ただ値上げするだけでは、何より営業が自信を持って提案することができないからだ。
雪国の住宅において、断熱性能と気密性能は欠かせない。全国でもトップクラスと呼べる水準まで性能を引き上げた。
お客様が家を購入した後の暮らしを思えば、それ自体は紛れもなく価値のあることだ。
だが、それをきっかけに「お客様が増えた」という実感は得られなかった。
そんな折に、ブランド経営を学ぶ合宿に参加した。講座の中で、一つの問いが投げかけられた。
「全て100円だとしたら、この中でどの水を買いますか?」
当然「いろはす」だ。何なら、10円高くても「いろはす」を選ぶ。
そこでピンときた。売上を上げるのに、僕たちに足りなかったものは家の性能ではない。
「この家を買う理由」以上に、必要なのは「この家をあいホームから買う理由」なのだと気が付いた。
これが、僕たちが企業ブランディングに乗り出したきっかけだ。
あいホームが提供できる「家以上の価値」とは?
企業ブランディングにあたって、まず僕が目を向けたのは社内だった。社員70名全員が「私たちの価値は〇〇」と言える状態をつくることが大切だ。
そのために必要なのは共通言語、ブランドスローガンだ。
ただし、かっこいい言葉を並べるだけでは、すぐに形骸化してしまうだろう。社員全員が腹落ちする言葉を見つけなければならない。
そこで、企業ブランディングを専門とする株式会社クロマニヨンの小栁俊郎さんにプロジェクト推進を依頼し、いくつかのステップに分けてスローガンをかたちにしていった。
最初に、社内のキーパーソン7〜10名に声をかけ、マンツーマンであいホームに対する現状のイメージや、会社の良いところ、今後の課題についてインタビューをした。
次に、全社員向けに匿名アンケートを実施。企業ロゴへのイメージや、競合他社との比較における優位性などを尋ねた。アンケートの趣旨と共に、今回のスローガン策定にかける僕の思いを伝えたところ、8割以上の社員が回答してくれた。
インタビュー、アンケートを経て、あいホームの全体像がだんだんと見えてきた。社員に共通していえるのは、誰しもがお客様を大切に思っているということだった。
これを踏まえ、最後に社員全員でオンラインとリアルが融合したワークショップを行った。
テーマは「あいホームの存在意義は何か?」。
Zoomのブレイクアウトルーム機能を使い、参加者をいくつかのグループに分けて議論を行った。
2時間の議論を経て、僕たちは一つの結論にたどり着いた。
それは「言語化するのは難しい」ということ。
2時間かけて納得のいく言葉を出せなかった、という見方もできるだろう。しかし、僕たちにとっては「難しい」という結論を得ることこそが重要だった。
クロマニヨンの小栁さんと共に議論の内容を分析し、最終的な言語化はプロのコピーライターに依頼した。
そうして出来上がったのが、僕たちのスローガン。
「最高のホームをつくろう。」だ。
「ホーム」には3つの意味が込められている。
マイホーム
アットホーム
ホームタウン
このスローガンを見た瞬間、これ以上の言葉は見つからないだろう、と感動した。
そう感じたのは、僕だけではなかった。社内のメンバーも、このスローガンに腹落ちしたようだった。こうもうまくいくものかと不思議なほどだ。
「最高のホームをつくろう。」は、今では社内のあらゆる意思決定の場において、僕たちの共通言語として有効に働いている。
この経験から得た、スローガン策定のヒントは2つだ。
◆ 最初から全員で話し合おうとしない
ある日突然、メンバー全員を集めて「さぁ話し合ってください」とお願いしたところで、有意義な議論にはならなかっただろう。きちんと段階を踏み、議論に向けた材料集めをすることが大切だ。
◆ かっこいい言葉探しを目的にしない
もし、最初からプロのコピーライターに依頼し、スローガンをつくっていたとしたらどうだろう。果たして、社内のメンバーは納得してくれただろうか。自分たちの姿とはかけ離れた、かたちばかりのスローガンになっていたのではないか。
メンバー全員で自らの価値について考え、生みの苦しみを知ったからこそ、プロが生み出したスローガンに納得できたのだ。最終的にプロへ依頼するにせよ、言語化のプロセスを体感することには大きな意味がある。
客観的な視点から見えた、あいホームの姿
スローガンを生み出す過程で、あいホームが第三者の目にどう映るのかを知ることができた。
社外の方の目を通して見つけた、あいホームメンバーの共通点。それは「人に尽くす」ということだった。
お客様に尽くす。地域に尽くす。ホスピタリティの精神で、僕たちはつながっている。
営業スタイル一つとっても、僕たちは世間がイメージするような"住宅会社の営業"らしくはないかもしれない。
売上のためには、ときには商品を強く勧める姿勢が求められるだろう。しかし、僕たちは決して押し売りはしない。
お客様は単に「家」という「商品」を買うのではない。「暮らし」を買うのだ。だからこそ、理想にかなった買い物をしてほしい。
日々抱いている思いが、「人に尽くす」という言葉となり可視化されたことは大きな収穫だった。
「家」を映さないPRムービーで届けたい思い
スローガンはできた。社内も一つの思いでつながった。
次にやるべきことは、社外へのアプローチだ。僕たちが自覚したあいホームの姿を、会社の外へ届けたい。
そうして生まれたPRムービーがこちら。
動画は約2分。うち約1分には、あいホームの「家」は映っていない。
家のテラスで友人と会話を楽しみながら、コーヒーを一杯。飲み終えたら、近くの公園まで散歩。緑の中で談笑し、並木道をドライブ。
家を買った後の暮らしは、家の中だけでは完結しない。家は、家の中と外を隔てるものではない。
今回、PRムービーに登場した「コンパクトな家」に、そうした"意味"を吹き込んだ。
コンセプトは「Living in terrace」。テラス、外の空間もリビングの一部だという思想のもとに設計されている。
家の外も引っくるめて「ホーム」なのだ。
だから、あいホームは家づくりと並行して、地域を元気にするための活動を行っている。お客様にとってのふるさと、「ホームタウン」を地域の方と共につくりたい。そんな思いをPRムービーに込めた。
動画に出演した海野夫婦は、宮城県をはじめとした各地で移動型店舗を経営するカフェオーナーだ。あいホームの社員や、プロのモデルに依頼する選択肢もあったが、せっかくなら地元企業にとってプラスになるキャスティングをしたい。
PRムービーへの出演を通して、お店が話題になったり客足が増えたりといった実益がどれほど生まれるかはわからない。でも、少なくとも「応援したい」という気持ちは表現できる。
コーヒー好きのお二方をイメージし、動画内でコーヒーを飲むシーンのために"いいマグカップ"を用意した。
設定はこうだ。友人なんて一度も家に連れてきたことのない夫が、新築を建てて初めてお客さんを招待した。食器棚には、こだわりのマグカップがずらり。どれをお客さんに出そうか。ワクワクしながら器を選び、コーヒーを淹れる妻。
"いい暮らし"は自分の好きなモノやコトでかたちづくられていく。家を買った先にある"いい暮らし"を表現するために、小物選びにはこだわった。
PRムービーの撮影・編集は、神奈川県のクリエイターに依頼した。僕のふるさとを知ってほしくて、自慢の絶景スポットや、仙台名物ずんだ団子を紹介した。動画の最後に出てくるカットは、仙台市を一望できる青葉城(仙台城)跡から撮影したものだ。
県外の方にふるさとを案内しながら、僕の中にある地元愛を再確認できた。いつか、あいホームの枠を超えた「ふるさと」のPRムービーをつくり、日本中の人に魅力を届けたい。
僕にとっての企業ブランディングとは、自分たちの本質的な価値を見つめ直すこと。そして、その価値をひと言で表す言葉=スローガンを見つけることだった。
その時に大切なのは、社員全員がスローガンを「自分たちのもの」だと思えるかどうかだ。
「最高のホームをつくろう。」を合言葉に、あいホームは着実に一歩ずつ前へ進んでいる。
ただし、これを僕たちだけのスローガンにするつもりはない。地元企業、地元で活躍する個人、東北に関わる全ての人と共に「最高のホームタウン」、僕たちのふるさとをつくろう。
編集/三代知香