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日本史の手遊び

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Twitter企画“歴創版日本史ワンドロワンライ”で発表した掌編物語をまとめました。
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2020年2月の記事一覧

法律学校

胸を膨らませて彼は教室に入った。
中には自分と同じ志を持つ若者たちでいっぱいだった。
御一新以降、この国も西欧のような近代法が施行されている。
“法律”とはどのようなものなのだろうか、田舎住まいだった彼には今一つ分からなかった。そこで東京に行くことにした。東京には法律を学べる場所があるからだ。
だが、官立の学校は米仏語で授業をするので彼には理解出来ない。
がっかりした彼の耳に朗報が届いた。日本語で

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振袖火事

「まったく若い娘の情念とは大したもんだねぇ」
「お菊の振袖のことかい」
「え、梅野って名前じゃなかった?」
「とにかく、その娘の振袖が今回の大火を起こしたっていうじゃないか」
「どういうことだい」
「花見に行った時、その娘がある若者に一目惚れしてしまい、そいつが着ていた着物と似たような柄の振袖を仕立てていつも着ていたそうなんだ。だが、娘の思いは叶わず十七歳の年に世を去ってしまったんだな。両親は娘を

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養老の滝

 今回の御幸は、美濃国は如何でございましょう。有名な養老の滝もありますし。
 左様にございます。孝子・源丞内の物語の地でございます。貧しい源丞内は年老いた父親を養うために毎日、山に行き薪を取って生計を立てていました。老父は既に目も耳も悪くなり、楽しみといえば酒を呑むくらいでした。
 ある時、いつもにように山に行った源丞内は誤って足を踏み外し谷底に落ちてしまいました。暫く気を失っていた彼のもとに芳し

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百合子の嘆き

同志小林が亡くなったそうだ。
日本のプロレタリア文学運動の中で傑出した彼が世を去ってしまった。
惜しいことだ。同志にはまだまだ多くの作品を書いてほしかったのに。
聞くところによると彼は特高に殺されたらしい。なんということだ。
真摯に生きる作家を抹殺するこの国は変わらねばならない。
そのために私はやらなければならないことが多くある。頑張らねば。
#歴創版日本史ワンドロワンライ  2月1日 お題:同志

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椿説弓張月

「馬琴先生、次回作は如何なさいますか」
「琉球を舞台にしたものを考えているんだ」
「それはいいですね。昨年の“江戸上り”で人々の間では琉球が話題になっていますからねぇ」
「ちょうど保元物語を読んでいたところでね。伊豆大島に流された為朝が実はその後琉球に渡り王国を建てるという筋書きなんだが」
「面白そうですね。これまでの読本は唐国や国内の話ばかりでしたからね」
「先日この書も入手したしね」
「中山伝

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姜沆と藤原惺窩

 睡隱(姜沆)は自身の前に平伏した人物の服装を見て驚いた。深衣をまとい福巾を被る装いはこの国では見かけないものだった。
「先生、如何でしょうか」
 日本語で言った後、その人物は身を起こすと前に置かれた紙に漢文で先ほどの言葉を記した。
 一読した睡隱はその横に漢文で次のようなことを記した。
「完璧です、惺窩どの」
 惺窩はこれを読んで思わず微笑んだ。
 和歌の大家である藤原定家の末裔に生まれた惺窩だ

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異国の砧音

 眠れぬまま外に出た彼は天を仰いだ。冷たい夜空には明るい月が浮かび銀河を照らしている。故国・渤海を発ってから既に数ヶ月が流れた。
 どこからか砧を打つ音が聞こえてきた。
「この国でも擣衣をするのか!」
 彼の母国でも砧打ちが行われている。
「妻も今頃、砧を打っているのだろうか‥」
 脳裏には妻や子供たちの姿が浮かんだ。

 翌日、彼は渤海の日本使節たちとともに、この国の実力者である恵美押勝の私邸で

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天日槍(アメノヒボコ)

 異装をした一行が多遅摩(たじま)の国の長・俣尾(またお)の屋敷を訪ねて行った。
「新羅の国からいらっしゃったのですか」
 俣尾は一行の主人格の人物に尋ねた。
「はい、妻を追って難波に来たのですが、そこの神に邪魔をされて上陸出来ませんでした。妻との縁もこれまでと諦めて国に戻ろうとしたところ、天候が悪くて船を出すことが出来ず、暫くこの地に留まろうと思い、こちらに参りました」
 流暢な倭の言葉で新羅人

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北越雪譜

「鈴木屋さん、大好評ですよ」
 自宅を訪ねて来た鈴木屋こと鈴木牧之に京山は嬉しそうに言った。
「すべて京山さんのお陰ですよ」
「いやいや、内容がいいからですよ」
「それにしても、雪国には江戸に住む我々には思いもよらないことがいろいろあるんですねぇ」
「私どもにとっては当たり前のことでも皆さんはご存知ないんですね。そのことが『北越雪譜』の執筆のきっかけになりましたが」
 牧之が初めて江戸に来た時、会

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某村のおもてなし

 鶴、雉子、玉子、魚類、野菜、果物‥。
 名主の家には、様々な食材が運び込まれた。
 近日、朝鮮からの一行が近辺の寺院に宿泊する。その食糧の買取に請負人がやって来るのである。
 一行の人数は数百名になるらしい。それゆえ、この村だけでなく他の村でも買い付けしているだろう。
 また近くの川には一行のために舟橋も作られるらしい。材木が大量に運ばれている。
 数十年に一度の大イベントにお城の方々は四苦八苦

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都氏誕生譚

 その夜、京師の一角にある屋敷は賑わっていた。
「兄上、宿願が叶いましたね」
「ああ、父上も冥界で喜んでいらっしゃることだろう」
 彼らの願いは氏姓を改めることであった。
「我が祖先は唐土より韓の地を経てこの地へやってきた。その間、王業を輔け、この地に来てからは代々積み重ねてきた学殖によって朝廷に仕えてきた」
「はい、父上は渤海使の件ではかの地まで出向きました」
「主上もこれまでの我らの実績を御理

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古代の忠犬物語

 我が主人は物部連守屋さまに仕えておりました。
守屋さまは共に天皇に仕えている蘇我大臣とは折り合いが良くなく対立関係にありました。
 ある日、遂に大臣と干戈を交えるようになり、我が主人は守屋さまの御屋敷を守る役目を命じられました。
 我が方の戦況は思わしく無く、間もなく守屋さまは滅ぼされてしまったという消息が伝えられました。
 主人はすぐに兵たちを解散させ、自身は夫人の実家である茅渟県有真香邑へ向

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平秀吉

「‥で、平秀吉は如何なる人物だったか?」
 王は帰国した通信使たちに尋ねた。
 まず正使 黄允吉が答えた。
「かの者は体格が貧弱で容貌も大したことはありません。ただ眼光が鋭く野心が窺えます。必ずや我が国に禍をもたらすでしょう」
 次に副使 金誠一が答えた。
「かの者は容貌賤しく無定見で他国へ兵を出すほどに胆力もないでしょう」
「左政はどう思うか?」
 王は左議政 柳成龍に問うた。
「副使の言葉通り

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ある一家のこと

 彼は南に向かってひたすら歩いた。
 8月15日、彼の住んでいた場所は彼の国ではなくなった。もはや、この地に暮らせなくなった彼は自分の国に戻らなければならなかった。
 だが、それは容易いことではなかった。
 大日本帝国の敗北により日本の統治から解放された朝鮮は、現在、文字通り無政府状態になってしまった。
 彼の住んでいた地域には共産ゲリラがやって来て、日本人はもちろんのこと、自分たちと考え方が異な

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