私のプロフィール⑥音楽の道に進もうと思った高校時代

こんにちは♬
今日は久しぶりにプロフィールの続きです。
今度は高校時代。


1.部活大改革!当たり前じゃないことを当たり前に。

前回の最後に書いたへんてこで面白い先生(笑)に全面的に監督をお願いしてスタートした高校2年生。
まだ創立10年しか経っていない学校だったため、吹奏楽部には父母会もなく、きちんとしたシステムができていませんでした。
まず父母会というのを起ち上げることからスタート。
そして、部活動の方針や、多分色んな細かいことを決めていったと思います。そのへんは記憶が曖昧なのですが。
1番大きかったのはディズニーランドへの演奏旅行かな。

今でこそ、県内の学校でもディズニーミュージックプログラム(現在はドリーマーズ・オン・ステージ)でパーク内で演奏するという事をしている所がたくさんありますが、当時県内で最初にやったのは自分のところだったんじゃないかなあと思います。
高校では多分最初かな?

部長が校長先生のところに直訴しに行って先生方がワタワタしたり(笑)
県外に大会以外で出ていくというのが創部以来初めてのことで、学校としても前例がない事だったので色々と先生方は大変だったと思います。
私達はただ「やりたい!」の一心でやっていましたから、熱意の勝利?なのかな〜笑

ショービジネスの現場を目の当たりにして、衝撃的だったのを覚えています。
自分にとってはこの経験がかけがえのないものとなりました。

そしてその後も何年かはずっとこれが続いたと思います。
3年に一度のご褒美企画?みたいな感じになってたと思うんですが。憧れのディズニーのステージで演奏できたというのは忘れられない大切な思い出です。


その他にも大改革は色々しましたが、今と時代が逆行してますが当時私たちの高校は5月で3年生が引退だったんですよ。
それが、進学校にもかかわらず8月のコンクールまで延長できるシステムも作りました。もちろん、勉強に集中したい子は5月で引退になりますし、部長副部長など役職も5月で交代です。
でもコンクールに3年間出たい!という思いだけで後輩たちの反対も押し切りやってしまったな〜というのを覚えてます笑

当時の顧問の先生は大変だっただろうな〜と思います。
今思えば愚痴ばかりこぼしていたけど、いい先生だったなあと笑

その他にも色々と小さな改革をたくさんしました。
卒業する頃には他校と変わらないぐらいのシステムで動いてたんじゃないかなっと思います。


2.真剣に音楽と向き合うこと、トランペットと向き合うこと

そういった部活動を通して、そして部活を改革に導いてくださった先生の影響もあって「音楽家ってすごい!」という想いが生まれました。

そもそも、生まれたときから音楽家を見て育ってきているので、音楽家に対しての免疫が高すぎて何とも思わなかったんですが、管楽器の世界の音楽家ってとにかく面白い方が多いんですよ笑
今まで見てきた先生たちと違う!
当たり前だけど、楽器が上手い!
当たり前だけど、めちゃめちゃ色んな事を知ってて教えてくれる!

音楽家って、楽しそう!

それがブワーッと体験することができて、そして真剣に楽器に音楽に向き合うことの楽しさ、厳しさも同時に学んだ時、

「そうだ、音楽家に、なろう!」

と決意したのでした。

勉強もそこそこしかできない、絵は好きだけどなかなか上達しない、でも音楽だけは小さい頃からずっと続けてきて、自分にしかないものがある。
何よりトランペットが楽しい。
できないことが多すぎるのに、できるようにするのが楽しくて仕方がなかったのです。
だって頭の中にたくさん音楽はあるのに、それが全然トランペットで表現できないもどかしさ。
練習って楽しいと思えるようになったのでした。

そこからレッスンに通い始め、音大受験への道が始まります。


3.音大受験へ。ひたすら練習した3年生後半。


夏のコンクールが終わり、いよいよ自分ひとりでの練習が始まりました。
練習場所は早朝の学校の中庭と、家の近所の線路沿いの道路笑
ひたすらロングトーンと受験曲の練習。
夏には東京音大の受験生講習会というのにも出かけました。
ひたすらリップスラーをガンガン吹いてる男の子、耳からストップウォッチ型のメトロノームをかけてひたすらロングトーンをしている男の子、ポワンとしてるけどめっちゃいい音で丁寧に練習している女の子と意気投合して仲良くなりました。
のちに一緒に合格した子たちです笑
とにかくみんなひたすら練習してました。
夏の時点では私はまだ受験曲を練習していなかったですし、ひたすら練習と自己アピール(笑)をする同世代の子たちにただただ圧倒されました。

当時は携帯電話もなかったですから、「また冬の講習会でね!」と約束し、レッスンと練習、そしてその他に必要だった楽典やソルフェージュのレッスン、そしてピアノのレッスンもまた通い始め、ひたすら冬まで突き進みました。

まあとにかくロングトーンだけはものすごいやったなあというのを覚えてます笑
アーバンを進めることよりも、受験の曲を練習するよりも、とにかくロングトーンだったんじゃないかなと思います。

そして、受験の日がやってきました。

ああ、今思い出しても本当にあの日は緊張していたけれど、とても気持ちよく吹けたんです。
楽しくて楽しくて、本当に伸び伸びと吹いたのを覚えています。

このまま時間が止まってしまえばいいのに、と思うぐらい気持ちよく吹いたので、先生方にのちにずっと「岩田くん、ホントに受験の時はよかったよ!」と嫌味なんじゃないかと思うぐらいずーーーーっと言われ続けました。ちなみに今も自分の先生にそれを言われます笑

ラッパ人生のピークがここ!笑

そんな訳で無事に東京音楽大学に合格したのでした。


次は大学編?いつになるのやら笑
ではまた。ばいば〜い!



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トランペット奏者、作編曲家の岩田恵子と申します。 お仕事の話やトランペットの奏法などについて色々と発信していきます♬