十三 本当に何が違うのかわからない。そもそも友人が好きすぎて、恋愛との境界線が分からない。 同性の友人は高校時代から特に変動はないが、大学生になって久しぶりに、新しく異性の友人ができた。異性ということに特段、同性の友人との違いはないが、周りから「それは付き合ってるやん!」とか言われるので変に気になってしまう。異性の友人としていることと、同じ、もしくはそれ以上のことを同性の友達ともしているのに、どうして異性の友人と一緒にいると恋愛の話になってしまうのか。 例えば、腕を組ん
十二 僕の価値はなんだろう。空白の時間がもたらした思考の時間に浸る。 最近複数の友人から電話越しに相談を受けることが増えた。ウイルスの影響で空白の時間が生まれ、その時間が無駄に人間に思考する時間を与えている。普段忙しなさに身をまかせ、考えることをスキップしている部分がうざったく主張を強めてきた。今回はそのうちの1人の話を聞いて僕自身も悩み始めてしまったので、このゴチャついた頭の整理をしていこうと思う。 彼女の名前を、ここでは春とする。小中学校を僕と同じところに通っていた
十一 僕には恋多き乙女な友人がいるのだが、彼女は月に2回から3回恋愛相談の電話をかけてくる。毎回二時間ほどかかるのだが、その話の始まりは大体こうだ。 以下、僕と彼女の会話だが、どんな恋愛をしていようとこの調子だ。僕は頭の中で何かと考えながら相槌を打ち続けている。別にこの相槌に嘘偽りはないが。 私大学入学してからすごく可愛くなったの。被写体も頼まれるし、みんながおしゃれだね、可愛いねって言ってくれるの。 うん(外見的にはそんなに変わってないと思うけど、周りに言われてる
十 大切なもの全てを日本に置いて、僕はアメリカに帰っていた。実は帰ってきて一ヶ月ほど経っている。こういうのは一度手を止めてしまうと戻ってくるのも辛いものなのだ。さて、なんとかして時間を確保したわけだが、正直やることが多すぎる。僕はそんな現実から逃れるためにここにきたのだから、ここからは人生でトップに入る幸せを共有したいと思う。 僕の友人である彼女はとてつもなく可愛い。これから僕が何回可愛いと書いてしまうのかが見どころだ。年末、彼女がアメリカに来てくれることになった日、
九 ようやく秋学期が終わり冬休みになった。近頃更新していなかった理由は、期末試験のようなものがあったからだ。僕はセメスター制なので冬休みは大体一ヶ月ほどだ。僕はそもそも英語ができる方ではないので本当に大変だった。海外に憧れて、などという動機でもないため、本当にただただ日々を消化してしまいそうになる。それを何とか抑えて友人たちに連れられ、無理やり外に出る休日を謳歌している。僕は何も言われなければ部屋で一人映画を見ているような人間なので対して外に出ることに興味はないのだ。
八 今回は僕を死の淵から救ってくれた、親友の話。 小学二年生の頃、僕は友人関係の全てを失った。同学年の中にまともに口を聞いてくれる人はいなかった。僕には幼稚園から仲良くしていた友達がいたが、皮肉にも彼らのお陰で孤立した。おかげで僕は学校に行きたくなくなった。両親に相談して転校を考えつつ、四年生になった頃、一人の生徒が僕に話しかけてくるようになった。大体挨拶で、移動の時に声をかけてくれる程度だったが、僕に話しかけるのは学級委員長か彼女くらいだったからよく覚えている。
七 自分が所属している場所に、お前は必要ないと言われることが一番怖い。そう言われてしまうくらいなら、美しいまま思い出にしてしまいたい。自分からそこに関わることができなくなる理由を探せば、それはいくらでもあった。大学が忙しいとか、他にやりたいことができたとか。 一度離れることを考えるとそれは底無し沼のように広がり僕の心を蝕んだ。そもそも僕は所属しているだけで必要とされていたのか?否、否、嫌、されていなかった。僕は知っている。身の程なら痛いほど知っている。僕は彼らのように
六 何かを克服することは、アイデンティティを1つ失うことである。 僕は最近ストレッチを始めた。その最中にいつも不安になるのが、体が固過ぎる僕がいなくなってしまうことだ。 小学生の時、フィギュアスケートをやっていた。体が固すぎてチームメイトにはよく笑われたし、コーチにも目立って注意された。学校での体力測定では前屈をする際固過ぎることで笑いを取った。 そんな僕が、柔らかくなってしまっては、普通の人になってしまう。そんな僕を誰が笑ってくれるだろうか、誰が注目
五 僕はひどく依存体質である。これまでも同じ人間とばかり付き合ってきた。狭く深い関係に入り浸るのが好きだ。それは国外に出ても変わらず、毎日何かしらの形で日本にいる彼らとコミュニケーションをとっている。SNSの普及した良い時代に生まれたものだ。 その中でも特に深いのが2、3人いる。そのうちの1人について書こう。彼女は人生の中で初めて仲良くなったタイプだった。今でもここまで自分が依存していることが信じられない。僕と彼女が出会ったのは高校一年生の時だ。初めてあった時、僕は彼
四 昨日の続きを書いていこう。正直長すぎて執筆者自身飽きてしまった事を詫びたい。 僕たちは無事第一志望に合格し、初めて別々の学校に通うこととなった。中学の頃のように学校で毎日顔をあわせることはなくなったものの、ほぼ毎週渡日のうちのどちらかをうちで過ごしたり、買い物に行ったり、平日の帰りを合わせたりしながら関係を続けていた。 一年の夏、僕は海外研修へ行き、帰国してすぐ彼に会いに行った。お土産を渡しに寄るだけで、すぐ帰る予定だった。それなのに、二人とも見ていない甲子園の
三 僕には幼稚園からの幼馴染がいる。人生のどの時代を思い返しても彼がいたのに、今では連絡すら業務的で笑ってしまう。人との関わりというのはこんなにもあっけないものだったか。距離が近いとそれに甘えてしまって、離れた時どんな接し方をすればいいのかわからなくなってしまった。連絡の取り方がよくわからない、今まではそんなもの必要なく会いに行けばよかったからか。さて、正直ここに収められるかいまいち自信がないのだが、今回は僕たちについて高校卒業までを時系列に沿って少し書いてみようと思う。
二 中学時代へと遡る。僕の通っていた中学校は所謂お受験校というもので、頭の良い生徒が多かった。(僕は小学校から持ち上がりだったからなんとも言えない)それが故に、いじめというべきか否かいまいちよくわからないものが蔓延っていた。完全なピラミッドが実在していたが、その内情は悲惨なもので上下の入れ替わりが頻繁に起きる。当時彼らのグループが集まるクラスにいたため、何かと友人関係に悩むことが多かった。まあ、僕はピラミッドに入ってすらないような立ち位置だったわけだが、小学校までの因縁も
一 始めておいて何だが、僕は自分の文章を人目に晒すのが苦手だ。なんで始めたんだよって話だが、人生で一度はこういうものに手を出してみたかった、それだけ。文章ってのは人格が出てしまうので、なんだか裸体を晒しているような気分になってしまう。恥ずかしくて、読まれたいのに読まれたくない不思議な感覚。 小学生の頃、学校の文集に将来の夢を書くスペースがあった。作家になりたいと書いたら、隣の席の男子にサッカー?サッカーボールになりたいんだろ!と、かなりでかい声で訳のわからないツッコミをさ