代表的なエステル

エステル、及びラクトン(環状エステル)は果物の香りを構成する化合物群であることを前回、及び前々回の記事から紹介してきました。今回はその続きとして身の回りに存在するエステルを紹介します。

酢酸イソブチル(図1)はバナナ、メロンやパイナップルなどに存在する香りの成分の1つであり、それらの果物のフレーバーにも利用されています¹⁾。また、香料やフレーバーとしての利用だけでなく、有機化合物を溶かすことができる性質を持つため、塗料や接着剤などの溶剤や、化学反応の溶媒²⁾といった用途もあります。

図1, 酢酸イソブチル

エステルの記事でも紹介しましたが、エステルの基本的な合成法は酸触媒の存在下でカルボン酸とアルコールを反応させる方法です(フィッシャーエステル合成)。この際に用いられるカルボン酸から名前を取り”~酸エステル”のように呼ばれます。酢酸イソブチルは、酢酸とイソブチルアルコールから合成されるので、それぞれから名前を取って”酢酸イソブチル”という名前になります。一方で、英語名では日本語名とは順序が逆になるので、アルコールに由来する部分(アルキル基)の名称が先に表記されます。また、カルボン酸に由来する部分が”-ate”³⁾を用いて表されます。酢酸イソブチルの場合は、”isobutyl acetate(イソブチル アセテート)”という名前で呼ばれます。例として酢酸エルテルを挙げましたが、もちろん酢酸エステルだけでなく、ギ酸エステル(図2, 左)や酪酸エステル(図2, 右)といった他のカルボン酸に由来するエステルも存在します。

図2, ギ酸エステル(左)と酪酸エステル(右)の一般構造

今までの記事から以上までに香りの成分であるエステルを紹介しましたが、それ以外のエステルも存在します。油脂の主成分であるトリアシルグリセロール(図3)もエステルの一種であり、分子内に3つのエステル部位を持っています。

図3. トリアシルグリセロールの一般構造

オリーブオイルの主成分はオレイン酸⁴⁾とグリセリンを基にした構造を有するトリアシルグリセロールです。オレイン酸由来の長い3つのアルキル基の途中にそれぞれ1ヶ所ずつcis型の二重結合を持っていることが特徴的な構造です。”cis(シス)”というのは二重結合をはさんだ炭素原子の同じ側に置換基を持つ構造のことを指します。対義語は”trans(トランス)”です。cis型の二重結合を持つ油脂は主に植物油脂に見られ、植物油脂が動物油脂と異なり常温で液体であることに関連しています。動物油脂は二重結合を持たないトリアシルグリセロールを多く含んでおり、cis型の二重結合を多く含む植物油脂よりも分子同士が規則正しく配列しやすく固体になりやすい性質を持っています⁵⁾。これを身近なものに例えると、箱にストローを隙間なく詰めるイメージに近いでしょう。真っすぐなストローの他に曲がったストローが混ざっている場合は、整列させて箱詰めするのは難しいと思います。物質が結晶化して固体になるには分子が規則正しく整列する必要があるため、植物油脂が固体になりにくいのはこの感覚に近いと思います。また、二重結合部位を持つ脂肪酸(トリアシルグリセロールを構成する長い炭素鎖を持つカルボン酸)を不飽和脂肪酸、持たないものを飽和脂肪酸といいます。また、cis型でなくtrans型の二重結合を持つ脂肪酸をトランス脂肪酸といいます。

図4. オレイン酸とグリセリンに由来するトリアシルグリセロール

また、食品だけでなく身近な化学製品にもエステル結合を含む化合物が利用されており、ポリエステルと呼ばれることがあります。”ポリ”とは一般的には”多くの”や”沢山の”を表す接頭語であり、特に化学の分野では分子内に同じ構造の繰り返しを多く持つ化合物である高分子化合物を指します。また、高分子中の繰り返しの構造を合成すること重合といいます。

ポリエチレンテレフタラート(PET)はポリエステルの一種であり、ペットボトルの原料であることに加えて、化学繊維の1つです。ポリエチレンテレフタラートは、ベンゼンに2つのカルボキシル基を持つカルボン酸であるテレフタル酸と分子内に2つのヒドロキシ基を持つアルコールであるエチレングリコールから重合されます。

図5. ポリエチレンテレフタラート(PET)

他にも、UVレジンクラフトや水族館の水槽に用いられるポリアクリル樹脂(図6, 左)やポリメタクリル酸樹脂(図6, 中央)、木工用ボンドの成分であるポリ酢酸ビニル樹脂(図6, 右)もエステル結合を含む高分子の仲間です。これらの樹脂は2種類の化合物から合成されるポリエチレンテレフタラートとは異なり、単一の化合物の分子同士を重合させることで合成されます。

図6. ポリアクリル酸メチル(左)、ポリメタクリル酸メチル(中央)、ポリ酢酸ビニル(右)

以上に紹介したようにエステルは果物の香りから化学製品まで身の回りに広くその構造を含む化合物が存在しています。果物の香りの成分、油脂とペットボトルなどのプラスチックは一見何も共通点が無さそうですが、分子の構造に着目するとエステル結合を持っているというのは面白いですね。

【参考文献・注釈】
1)     湖上国雄 著, 香料の物質工学 ―製造・分析技術とその利用―, 地人書館, 1995年, p168, 酢酸イソブチル

2)     アーク株式会社, 酢酸イソブチル ISOBUTYL ACETATE (IBAC), https://ark-chem.co.jp/product/17 (2024年2月28日閲覧)

3)     陰イオンは語尾に”-ate”を付けて表わされるものがあります。今回の”acetate”の他にも硫酸イオンを意味する”sulfate”や炭酸イオンを意味する”carbonate”があります。一方で、陽イオンになるものは”-ium”を付けて表されます。多くの金属は陽イオンになる性質があるため、元素自体に”-ium”という名前を持つ物があります(例:リチウム、マグネシウムやアルミニウムなど)。ちなみに、ナトリウムとカリウムはカタカナで表記される元素ですが、英語名では表記が異なります。ナトリウムが”sodium”であり、カリウムは”potassium”と呼ばれます。

4)     日清オイリオ, オリーブオイルの健康性, https://www.nisshin-oillio.com/olive/olive05.html (2024年3月2日閲覧)

日清オイリオ, 植物油がカラダにいいワケを知っていますか?, https://www.nisshin-oillio.com/story/p02-01.html (2024年3月2日閲覧)

5)     化学のグルメ, 高級脂肪酸(炭素数・覚え方・種類・一覧・構造式・分子量など), https://kimika.net/y2fattyacid.html (2024年2月29日閲覧)