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人と人との"拠り所" / 映画『わたしは光をにぎっている』

▼翔べない時代の魔女の宅急便

涙に濡れた新宿の夜。
映画『わたしは光をにぎっている』を観ました。
【公式】http://phantom-film.com/watashi_hikari/

宮川澪、20歳。
ふるさとを出て、働きだした。友達ができた。好きなひとができた。
その街も消える、もう間もなく。

両親に代わって育ててくれた祖母・久仁子の入院を機に東京へ出てくることになった澪。都会の空気に馴染めないでいたが「目の前のできることから、ひとつずつ」という久仁子の言葉をきっかけに、居候先の銭湯を手伝うようになる。昔ながらの商店街の人たちとの交流も生まれ、都会の暮らしの中に喜びを見出し始めたある日、その場所が区画整理によりもうすぐなくなることを聞かされる。その事実に戸惑いながらも澪は、「しゃんと終わらせる」決意をするーーー。

▼人と人との"拠り所"の話

故郷/都会/銭湯/映画館 etc...
単純な場所ではなく"居場所"が沢山出てきた。
人と人とが寄り合う、"拠り所"の話。
光をにぎれたら消えない様にあたたかく灯していたい、その光で誰かを照らせる様にも在りたいと強く思った。
誰かの拠り所になりたい。
出来る事をひとつずつ、と思う心の豊かさがあるかも自問自答…

松本穂香さんの大きな瞳に映りゆくまちやひとを、大学入学を機に上京した時の嬉しさと寂しさに重ねながら見つめた。

▼終わらせる事ができる幸せ

終わりは案外突然やってくることが多い。
打ち切りの最終回。
告げられるサヨナラ。
死ぬのはそれが知らされた時。知るまでは生きていると信じて疑わない。

だからこそ終わりを迎える事ができるなら、「しゃんとして」受け容れるべきだと、澪は悟ったのだと思う。

▼草津の湯に溶け込んだ夜

沢山の拠り所を見つめながら、今夏はじめて訪れた草津での出来事を思い出した。民泊ついでに足を運んだ共同浴場でのあたたかな話。
地元のおばあちゃんが慣れた手つきで湯浴みする中、こんばんは、と挨拶をして、その隙間に入り込んだ。出る時も皆、お先に、みたいな挨拶をする。
服を着ていると話しかけられた。
最初、なかなか入ってこなかったでしょう、入りづらかったのかなぁと思ってね。
半分事実で半分は違った。遠慮していたのは確かだけど、身につけたものを外していくのに時間がかかってしまったのだ。指輪とかイヤリングとか。
そんなことをおずおずと伝えれば、彼女は笑いかけてくれて。
いいお湯でしょう。あなたなんかもう孫くらいの歳だからね!いつでもまた入りにいらっしゃいね。
「入らせてもらう心を持って」のポスターに怯えていたけれど、お邪魔しますと伝えればあたたかく迎え入れてくれるのだ。上がってしまった後だったけど、草津の湯に身も心も溶かされた気持ちになった、ひと夏の想い出。最初で最後の訪問だったかもしれないけど、その瞬間そこは確実に私の居場所になった。

▼おまけ:時給985円でシフトいっぱい入れられたい

観るきっかけのひとつ、長屋和彰さんの出演シーンも感慨深く…
好きだと公言する中川龍太郎監督作品にエキストラじゃないご出演、好きな人と仕事したくて生きる身としても凄く眩しくて、素敵だった。

あの店長と同じシフトだったら連勤でも時給985円でも良いので働かせてください(実際はムカついて辞めるなと思いながらの戯言)

願わくば、もっと先に名前の流れるエンドロールを期待して応援していたい。
そんな光も、にぎっていられたら。

▼クラウドファンディング実施中
公開している映画ですが、クラファンはまだ実施中♨️
https://motion-gallery.net/projects/mio-on-the-shore

公開館は多くはないけれど、丁寧さで紡ぐ2時間を、追われるような日々における束の間の休息としてくれるひとが増えたら嬉しいです。

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