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私の愛を隠さないで / 小説 『店長がバカすぎて』 早見和真

本屋大賞の発表前にUPしたかったのですが全然間に合わず…。9位受賞おめでとうございました💐


以下、ネタバレあります📕

あらすじ

「幸せになりたいから働いているんだ」谷原京子、28歳。独身。とにかく本が好き。現在、〈武蔵野書店〉吉祥寺本店の契約社員。山本猛(たける)という名前ばかり勇ましい、「非」敏腕店長の元、文芸書の担当として、次から次へとトラブルに遭いながらも、日々忙しく働いている。あこがれの先輩書店員小柳真理さんの存在が心の支えだ。そんなある日、小柳さんに、店を辞めることになったと言われ……。

好きを仕事にすること

あくまで個人的な話だが私にとって「同い年くらいの働く女性」が主人公の話は大体地雷だ。たいてい共感できる要素が無いのだ。実家暮らしの昇給も望めないつまらない日々? 不意に落ちるオフィスラブ?? 勘弁してくれ!(何を読んだのかは聞かないで欲しい。笑)

読了一度目は正直、店長がムリすぎて読後感は良くなかった。京子が店長をかわいく想う気持ちも全然分からず…。時間を空けてもう一度読んでみると、少し違う姿が見えた。

憧れた世界で好きを仕事にして、現実とのギャップにもがきながら、たまに良いこともあって辞める踏ん切りがつかない。そう思うと、彼女は確かに等身大の、私とまるで同い年の女性だった。社員区分や家庭環境は少し違うけど、理不尽なクレーム対応も意思疎通が図れず泣いたことも、どことなく身に覚えがあったものだ。

京子は給料日前、使えるお金が1日数百円になっても本を買ってしまう本の虫だ。ある意味で夢を叶えた書店員の仕事も、現実との剥離は否が応でも経験してしまうことで、例えば下記のような呟きには深く頷かざるを得なかった。

"あの頃の私はキラキラしていた。作家さんの新作をいち早く読めることも、コメントを使用されることも何もかも新鮮で、心から喜べていた。"

私自身も最初にした仕事らしい仕事やタレントとのイベント、世の中に仕掛けるという経験などもありありと覚えているが、いつしか何とも思わなくなったり感動は薄れてしまったりする(また新しい試みに取り組んでいくので感情自体は更新されるのだけど)。京子もいつの間にか疲弊し諦めてしまっていたのだが、頑張っている姿に憧れてくれる後輩たちや好きになってくれる冨田先生が居た。京子、愛されすぎ!と思わなくもないのだけど(笑)どんなに理不尽だったり辛いことがあっても、好きなことを仕事にするのは(勿論見なくていい部分まで見る辛さもまたあるが)なんだかんだ原動力で頑張れるものなんだよな、と共感してしまった。

心を動かす言葉

本屋で働いたことはないが、レジや品出し、発注の他に「POPや帯コメントを書く」仕事があるのは、ある種「営業」であり「広報PR」の役割だと思った。自分が良いと思うものを勧めても必ず売れる訳ではなく、内容としては面白くないものが作家や出版社の名により売れたりする。なんだかメジャー映画と自主映画の様だとも思うし、当たり障りのないポップスと骨のあるインディーズバンドの曲の様にも思う(勿論その名実を手にしてるのは本人の魅力だったりもするし、事務所のゴリ推しだとしても推される要素があるかもしれないので一概には言えない。それはメジャーもインディーズも愛してるからこそ思う所)。

本屋さんでもヴィレヴァンでもPOPのコメントに惹かれて買ってしまったことは多々あるし、誰かのSNS投稿がきっかけになることもざらにある話。買い物だけの話でもない。誰しもが一度は、熱量の伝わる言葉に心動かされる経験をしているのではないだろうか。

私も仕事だってプライベートだって、書き言葉でも話し言葉でも、誰かの胸の奥に訴えかけるような言葉を伝えたい、と思う。

私の愛を隠さないで

劇中で示されていたキーワード「アナグラム」。

SAOTOME KOYOI → EMOTO SAYOKO では「I」がどこかに消えてしまった。

KOYOYとすればYEMOTOとして辻褄は合ったりするのだが(SAOTOME KOYOY → YEMOTO SAYOKO)ISHINOのI、もしくはI=私、を隠したのだとしたら。

私(の愛)を隠す、というメッセージ?

そう思えば随分と「愛を/自分を隠している」人物が出てくるものだ。小柳さんは不倫、つまり隠れて愛を育んでいた。店長は小柳さんへの愛を隠していた(と宣った)。京子だって愛情、怒り、戸惑い、嫉妬などを隠している場面がある。憧れていたと告白してくれる後輩たちもある意味では気持ちを隠していた。マダムや大西先生は最後まで自分の正体を明かさない。それがこの「ミステリー」の醍醐味だ。

その大西先生も、男性かと思いきや女性で。
OONISHI KENYA → ISHINO ENAKO
今度は「Y」が余ってしまう。こちらは本文で「YENAKO」として解決が図られていたのだが、なかなかどうして、その「Y」は山本猛店長のイニシャルなのだ。一瞬のミスリードが怒涛のクライマックスへと繋がっていく。

「山本猛(ヤマモトタケル)→ 竹丸トモヤ(タケマルトモヤ)」こちらはローマ字変換よりは単純だが、上手いことやったなぁ、とニヤリとさせられてしまった。ここにもヒントが、山本店長という"私"が隠されていたから。彼は最後まで本心が解らない、ある意味で隠された人でもあったように思う。アナグラムは別に新しい手法でもないが、改めてその面白さに気付かされた。ラストは完全に映像化を見据えた描写。ちょっとやりすぎかなとも思うが、働き方改革が期せずして行われてしまった今なら、うまくいけば多くの人の心を掴む題材だとは思う。

人との距離の取り方と読書率

最後にこの話だけ触れておきたい。京子は独白する。

"人との距離の取り方と読書率は何かしらの因果関係がある気がしてならない。"

思えば私自身も小学生の頃は読書の虫で、読まされていたのもあるが、他人とは距離を取っていたように思う。年々居場所が教室だけではなくなって、本を読まなくなった。単純に時間の使い方もあるが、じっくり本を読み没入していく姿勢と人付き合いとでは活発さと穏やかさ、もっと言えば陰と陽の違いがあるなと思う。どちらが良いとかではなく、ね。

だからこそ「人と距離を取らなくてはいけない」今こそ、本を読むべきなのかも、なんて思った。

余談①本屋さん

吉祥寺には大きい本屋さんも沢山あるんですが、私は古本屋の「百年」さんが好き。取り扱いも良いし個展とかイベントもできて、大学時代はふらっと立ち寄っては心躍らせておりました。久しぶりに存在を思い出し、また行きたいと願ってしまっています。


余談②出会いのきっかけコメント💐

私もある意味POPや帯コメントで手に取ったようなもので(笑) 2019年公開の映画『わたしは光をにぎっている』でスーパーの店長役を演じられたのも関係しているのでしょうか。。手に取るきっかけを、有難うございました。


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