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【小説】菊理、骨折れなり 下
筒城岡は、大王のいる高津宮から北に三里の所にある。元々は豪族である葛城一族の屋敷を改築したもので、屋根は全面茅葺。それが大小八つ塀に囲まれており、皇后の気まぐれで移り住んだとは思えない豪勢さであった。
「磐井姫様は奥の大広間にいらっしゃいます」
屋敷内の案内のため目の前に立つ下女は、どこか敵を見つめるかのような鋭い目をしている。ちらほら横切る下女たちも、仕事中とはいえ必要以上に素っ気ない。己は招
【小説】菊理、骨折れなり 上
口持臣は、唖然とした。
今まで、下級役人の家柄から大王のお役に立てるような忠臣となるため、武芸、勉学に励んできた。己の生まれに胡坐をかく豪族の子息をよそに、このヤマト政権のため、勤労にも従事してきた。遊びの時間を割き、この国の行き先を誰よりも案じてきた。己はこの国のため、大王のため、何ができるか。誰よりも試案をしてきた。
そんな己に好機が巡ってきたのは、つい三日前のことである。
高津宮にお
【小説】白いカーネーションの花束を
そして、一輪
聖堂に光が差し込んでいる。葬儀には打って付けの神秘性だ。
棺の前に立ったアンナは、ぞんざいに花を手向けた。
無慈悲な娘……とは思えない。
彼女の母は決していい母親とはいえなかった。
年に数回しか、娘と会わない。いや、数回といえるほども会っていない。
母親らしいことを一切せずに亡くなってしまった。
牧師の私がいってはいけないと思うが、最低な母親だっ
【小説】18.44の物語
「おい! 大丈夫か!」
「重体だ……」
「早く担架を持ってこい!」
ナショナルリーグ1893年シーズン。この年、球史に残る大事故が起きた。
頭を抱えて蹲るバッターは、ピクリとも動かない。端から見れば、死んでいるようにも思える。
「お前の暴投のせいだぞ? おい!」
スタンドからの怒声を一身に浴びるピッチャーは、顔の血潮を無くし、青々とした表情を呆然と浮かべていた。
「とりあえず、危険球で退場な」