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【読書メモ】拝啓 人事部長殿

私のような氷河期世代でマッチョ感の残る昭和人間が、このタイトルを見ると「働きにくさへの提言だろう」と思ってしまいます。

そうではありませんでした。

本書は、「会社は本来、人々を幸せにするためにあるのに、働く人々は閉塞感を感じてしまう。それを何とかしたい。」そんな真摯な思いからつづられた日本全国の人事部長への手紙です。

先人たちも苦労してきた人事のあり方

著者は、ただ思いをつづるだけではありません。自らが感じた閉塞感への疑問をそのままにせず、日本の人事の仕組みについてその歴史を振り返ってこの問題に向き合いました。この章だけでも一冊の本になります。

人事制度変革の話で必ずあがるのが日本の「特殊性」です。
「新卒一括採用」「終身雇用制」「年功序列賃金」「企業内労働組合」などなどです。これらが「一連の弊害を生み、失われた30年が…」という論説が一般的です。

しかし、それらも先人たちが、働く人々の幸せを考えて生み出してきたものです。「特殊性」というのはある意味で後知恵です。その時々の状況にあわせて最適なものを考え、運用してきた積み重ねがあってのことです。当然のことながら、みんな善かれと思ってやってきたことです。

表面的な問題を論じたり、流行りの方法論に飛びつきがちなのが人事の世界です。著者と共にあらためて問題の本質を深掘りすることができました。いま起こっているさまざまな問題が、そもそもどういう前提のもとに成り立っているかを把握する真摯さに敬意を表したいと思います。

いま、人事に求められることとは

ここで「かつて」と「いま」の会社のあり方について整理してみます。

【かつて】
全員一律で平等な仕組みを作って誰もがそれに参加することで、経済的な幸せを担保した。結果として競争力も生まれた。

【いま】
一人ひとりが働き方を模索できる、または、せざるを得ない状況がある。その葛藤に一人ひとりが向き合い、働く幸せを模索している。そのことが、多様性によって価値を創出する一歩になるのではないかと期待されている。

上記は、あくまで私の理解、整理ですが、本書の中の「会社を『インターネット的』にする」という提案を受けてのものです。

インターネットによって可能になったのは、一人ひとりが発信し、つながることです。結果、多様な働き方を希望したり、会社の方向性と一人ひとりの仕事の機会をマッチングすることが可能になっています。

その仕組みの最先端を行っているのが、著者の所属するサイボウズです。そして、もとはトヨタの社員だった著者の「現地・現物」を大切にする姿勢によって、サイボウズ以外の企業への取材も行われています。これも大変価値のある内容です。

そうした調査から分かったのは、人事はみな、一人ひとりの個性を発揮してもらおうと創意工夫を続け、試行錯誤しているということです。

この手紙を書いた本当の理由とは

「しかし、これだとただのレポートだな、手紙じゃないよな」と思い始めていると「終章 ぼくはなぜ、この手紙を書いたのか」という最終章にたどり着きます。

本書の冒頭で語られるのは、会社という場の閉塞感でした。それは「ひとりの人間として重視されている感覚が薄い」という言葉で表現されています。だから、この状況を変えたい、と。その思いから著者は、トヨタを去り、サイボウズで働きます。その後、他企業の人事の方々との対話をする機会を作り、あるべき姿を探求しています。

様々な気づきを本書を通じて語っています。なかでも、印象に残ったのは、下記の言葉です。

 会社も、社会も、1人ひとり個性を持った人間があつまってできています。そんな会社を、社会を変えようと思えば、ぼく1人の力ではどうすることもできません。ちゃんと自分の理想を伝え、共感してもらい、協働していく必要があります。
 閉塞感を生み出していたのは、すべてを1人でなんとかしようとしていた、ぼく自身だったのかもしれません。

拝啓 人事部長殿

私たちの偉大な先達の一人であるチェスター・バーナードは、組織は3つの要素からなるとしています。すなわち、「共通の目的」「コミュニケーション」「協働の意欲」です。上記の著者の言葉は、この3つのことを言っているように思います。つまり、一人では世の中を変えられない、だから目的をもって、語り合い、協働する。これこそが、私たちが会社という組織を作った理由です。

そしてさらに、会社という枠組みをこえて、よりよく働くために協働しましょう、と全国の人事部長に向けて手紙を書いたのです。なぜなら、既存の人事のあり方を変えるには、希望だけでは成り立ちません。会社だけではなく社会保障のあり方や教育制度をも変えていく必要があります。それは、一人ではできないし、自社だけで取り組んでもインパクトがありません。本当に変革を進めるには、会社を越えて協働しあう必要があるのです。

「ぜひ協働したい」という手紙を書きたい

競争によって価値が生まれる時代ではありません。そもそも競争によって価値が生まれていたのかどうかも怪しいところです。誰かの役に立とうとして、新しい価値を生み出すイノベーションが社会を豊かにしてきました。

人事においても必要なのは、イノベーションです。そのために会社を越えた同志としてアクションを起こしたいとこちらからも手紙を書きたいと思いました。

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