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佐久間マリさん

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佐久間マリさんの作品が大好きです。 特に男子がとても魅力的で、物語は大きな出来事がドカンと起こるわけではないですが、心が切なくギュッとなります。 沢山の方にこの切なさを。。。
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#ラブコメ

7.堂道、最終章!②

7.堂道、最終章!②

「堂道君、糸をよろしくお願いします」

がちがちに緊張して迎えた東京の、堂道が予約したホテルの和食レストランで父は開口一番に堂道に向かって頭を下げた。
 
 文字通り「開口一番」で、どれだけ「文字通り」だったかというと、まず、新幹線口で両親を出迎えたのは糸一人で、堂道とは現地集合だった。
 予約した個室に玉響家が案内され、先に着いていた堂道は父が入ってくるのが見えると席を立った。
 つまり、そこで

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6.堂道、ファミリー!④

6.堂道、ファミリー!④

 日暮れとともにマリーナに帰港し、みんなで荷物を下ろしていると、堂道母に声をかけられた。

「今から食事に行くのよ。糸さんも是非いかがかしら」

陽は落ちたのにつばの広い帽子をかぶり、コーディネートの良し悪しはさておき、一目で高級ブランドとわかる柄のリゾートワンピースに着替えている。

聞きつけた姉春子が、糸の腕に自らの腕をからめて、
「糸ちゃん、ステーキよー! 行きましょうよ」

そこへ堂道がや

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6.堂道、ファミリー!②

6.堂道、ファミリー!②

若いことと初婚であることは、気づかないうちに糸に胡坐をかかせていたらしい。
 周りの反応が糸にその意識を助長させたこともあるが、見定められる立場にあることを忘れるくらいには、堂道との婚約は糸にとってまだ夢の出来事だった。

「すみません、ほんとに、私なんかで……」

爽やかなマリンルックに身を包みながら糸は、暗い顔で言った。
 クルージングには絶好の晴れやかな青い空が広がる。
 堂道の両親と対面す

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5.堂道、不合格!②

5.堂道、不合格!②

「……堂道さん、ゆっくりして行ってくれ。わたしは少し出かけてくる」

父は答えを出さないまま、席を立った。

「お父さん!」

堂道も立ち、一礼をする。
 糸は立たなかった。

父が行くと、部屋に残された母が「堂道さん、楽にしてね」と自分も大げさに肩を上下させてみせた。
 そして、まるで普段の態度になって、自分でいれた茶を飲む。

「ああ、噂には聞いてたけど、この状況さすがに緊張するわねぇ」

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4.堂道、次長!③

4.堂道、次長!③

 ひととおり食事を終えると、酒を片手に場所をソファに移した。
 たわいもない話をしながら、しつこくシャンパンをちびちび飲んでいた糸に、前触れもなく堂道が身体を覆いかぶせて来た。

「ん、課長……」

糸の意向にかまわず、どんどん舌を進めてくる。

「ま……って……」

唇は、会話にキスにシャンパンにと忙しい。

「……だめ、こぼれちゃう」

「ん」

キスをしながら器用に、糸の手からフルートグラス

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3.堂道、鉄パンツ!①

3.堂道、鉄パンツ!①

「それから二回突撃して、明日また行くの」

 安い居酒屋は混み合っている。
 小夜と草太に語って聞かせると小夜は涙をぬぐう真似をした。

「糸、無敵すぎだよね。けなげで泣けてくるわ」

「糸ちゃん、それ絶対ゲシさん嬉しいから。喜んでるから」

「そうだといいなぁ」

 糸は言って、生ビールをぐいと煽る。
 最初にアポなしで訪れてから、糸は一か月に一度の割合で堂道を訪ねている。

 一回目は前述のと

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4.堂道、次長!①

4.堂道、次長!①

二年間、離れている間にはけんかもあった。

 この時以外にもさみしくて八つ当たりしたこともあったし、辛くて泣いたこともあった。
 すれ違いで、さすがにもう無理だと弱気になったこともなくはない。
 しかし、今日新幹線に乗る糸はうきうきしていた。もうそんなことは全部、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 新幹線のチケットは久しぶりに自分で買った。
 堂道に一応は歓迎されるようになってから、あらかじめ約

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2.堂道、新天地!①

2.堂道、新天地!①

 引っ越しや新しい職場環境に堂道の身辺が落ち着くのを待ち、糸が実際に強行突破したのは離れ離れになってから三ヵ月後のことだった。

 その間も連絡は取っていた。
 とりとめもないメッセージを毎日送った。以前のように無視はされなかった。わりとマメに返事がきた。
 しかし、「会いに行っていいですか」にはダメの一点張りで、そのうち、NOのスタンプ返しだけで済まされるようになったので糸も尋ねなくなった。
 

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エピローグ 部下に手を出す信用できない上司のその後

エピローグ 部下に手を出す信用できない上司のその後

1~5話 6〜10話 11~15話 16~20話 21話 22話 23話 24話 25話
26話  27話 28話 29話 30話 31話 エピローグ(完)

花金。

駅前の本屋。

写真週刊誌。

グラビアアイドル。

「カチョー!」

「うわっ、なんだよいきなりビビらせんなよ!」

高校生。

少年バスケの元教え子。

「グラビア立ち読みとか、おっさんみてー」

「うるせーな。十分オッサンだ

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30.堂道課長は株を上げる

30.堂道課長は株を上げる

1~5話 6〜10話 11~15話 16~20話 21話 22話 23話 24話 25話
26話  27話 28話 29話 30話 31話 エピローグ

「スポーツに貴賤はなかった!」

昼休み、小夜はいまだ興奮冷めやらぬ様子で、昨夜のことを夏実に語って聞かせた。

「小夜、いつから裏切者になった」

「いや、ホントに堂道課長ってばすごいんだって。バスケ超うまいし。後輩にプロ選手もいるんだって、草

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27.堂道課長は出世できない

27.堂道課長は出世できない

1~5話 6〜10話 11~15話 16~20話 21話 22話 23話 24話 25話 26話(全31話)

 週明け、身体は重く、気分はだるい。
 頭がぼうっとしているのは間違いなく寝不足が原因だ。

二課の課長席をさりげなく振り返って見てみると、堂道が電話をしている。
 髪形はいつもの形状を保っていて、難しい顔で熱心に話をしている。

朝からも離席続きで何本ミーティングをこなしたのか。席に戻

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23.堂道課長は……

23.堂道課長は……

1~5話 6〜10話 11~15話 16~20話 21話 22話

 部屋に着いて、鍵を開け、鞄を置いて、腕時計を外し、ネクタイを緩める。
 堂道がそれらをする間、糸は何も言えず所在なさげに立っていた。
 ヒールの細いかかとが、ふかふかの絨毯に埋まっている。

 上着を脱いで、ワイシャツ姿になった堂道は、ミニバーに置かれていたミネラルウォーターのボトルをひねると、喉を鳴らして飲んだ。

「そう言え

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22.堂道課長は信用できない

22.堂道課長は信用できない

1~5話 6〜10話 11~15話 16~20話 21話

22.堂道課長は信用できない

「腹減ったー。せっかくだし、ひつまぶしでも食ってくか」

 駐車場に停めた社用車に向かいながらそう言って、堂道は首を鳴らした。
 予想以上の展開に、糸は思考が追い付かない。

 堂道とのドライブは行き道だけで、帰りは、車であれ電車であれ一人だろうと思っていた。
 それでも十分すぎる。こんな棚ボタ出張デートを

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21.部下に手を出す上司は信用できない

21.部下に手を出す上司は信用できない

1~5話 6〜10話 11~15話 16~20話(全31話)

21.堂道課長は部下に手を出す上司になりたくない

 堂道との男女の接点はなくなったが、まだその体調を気遣うくらいは糸に許されていて、たとえば残業が続いていそうな時に栄養ドリンクの差し入れは受け取ってもらえる。
 あと、二日酔いらしい時の胃腸薬と。買いに行くのも辛そうで、この時はひどくありがたがられた。
 毎日二日酔いになればいいのに

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